「自分探し」よりも「自分殺し」を

(※前回記事の続きですが、この記事だけ読んでも意味は通じます)

 

 

以前どこかで目にした文章ですが、「自分探し」よりも「自分殺し」をせよ、みたいなのがあって、とても共感したことがあります。

 

よく言われるような「自分らしさ」とか、「自分らしい個性」とか、「自分らしい自然体」とか、

 

少々「自分」にこだわりすぎていて、どうも苦手です。

 

 

音楽作品・アート作品・エンタメ作品を鑑賞する時も、創作する時も、

 

後天的に刷り込まれた「自分」という概念や定義、

 

(あるいは、「自分はこういうタイプだ」と思い込んでいる固定概念)

 

そういう「自分」という概念がぶっ飛ぶような(?)音楽や小説や映画を好むし、私もそういう作品を作りたいなー、と思います。

 

 

 

 

とは言え、鑑賞も創作も、人それぞれに道があると思う、

 

「自分らしさ」や「等身大」を表現したい人がいても、それはそれで良いと思うし、心から尊重します。

 

上記に書いたようなことは、あくまで、私の場合です。

 

私の場合は、「自分」「等身大」「自分らしさ」という概念をブチ壊してくれるような体験や味わいを求めている、というだけのことです。

 

 

 

 

私が好きな、例えばベートーヴェンやシューベルト、チャイコフスキーやマーラー、ナイトウィッシュやパスファインダー、ダークムーアやアングラ、キース・ジャレットやパット・メセニー、、、

 

どれも、リラックスして聞けるし、心の底から共感できる音楽ではあるのですが、

 

同時に、この狭い「自分」という枠を超えて、「人生」や「生命」や「宇宙」の本質・神秘・深遠を感じさせてくれるような音楽だと感じています。

 

(あるいは、自分でも気づいていない、心の奥底の本質や潜在意識を味わせてくれる音楽だと感じています)。

 

言い換えれば、この「自分」では到達できない、人間では到達できない、圧倒的な格好良さとか、圧倒的な慈愛とか、圧倒的な雄大さ・壮大さなどを実感させてくれる感覚なのです。

 

 

要は、「自分らしさ」「等身大」を表現しているだけではなく、

 

時には、むしろ「自分」という固定概念・思い込みから、自由にしてくれる気がするのです。

 

(私が勝手に、そういう聞き方をしているだけかもしれませんが)。

 

 

 

 

もし「自分らしさ」というものが有るとしても、作曲の時は、それを第一目的とするより、「自然と(自分らしさが)出ちゃった」という感じのほうが好きですね。

 

私にとって何より大事なのは、「感動」や「官能」や「味わい」。(要は、音楽そのもの。「作品至上主義」とも言えます)。

 

大いに感動できる作品であれば、自分らしくなんかなくても良いし、独創性が乏しいベタな作品でも全然構わないです。

 

 

作品が自分らしいかどうかとか、(他のアーチストよりも)独創性が有るか無いかとか、作品のコンセプトとか…、

 

そういうのは二の次で良いかな、と思っています。

 

 

結果として、自分らしさが出ちゃったり、独創性が出ちゃったりするなら良いけど、

 

それらを出すことが、創作や鑑賞の第一目的ではない気がするのですよね。。。

 

(前述したように、第一目的は「感動」や「味わい」だと思っています。もしくは、「感動」や「味わい」さえ消失してしまうような、「忘我」と呼べるような瞬間だと思っています)。

 

 

 

 

…でも、ホント、人それぞれで良いと思います。

 

みんなそれぞれ、自分の好きなようにやれば良いのではないか?

 

自分の目指したいように目指せば良いのではないか?

 

と思う。

 

「創作やアートはこうでなければダメ」みたいな意見や、「こういう考え方はレベル高いがああいう考え方はレベル低い」みたいな意見が、一番面倒くさいし、わずらわしい。

 

 

 

 

P.S.

 

さて、上記のように書きましたが。

 

私とて、ピアノを弾いたり指揮したり作曲したりしている時、

 

私自身の等身大の感情・個性・想いなどを表現しているような感覚も、もちろん持っています。^^;

 

とは言え、そういう感覚は、ほんの一部にしか過ぎない。

 

「自分」や「自分らしさ」を表現しつつ、同時に「忘我」「無我」のような感覚になることも多々あります。

 

 

…つまり、様々な感覚が同時に混在しているので、

 

そのどれか一つだけを指して、「音楽とはこういうこと」「創作とはこういうこと」「音楽家はこう考えることが大事」などと言ってしまうことは、私には不可能かも。

 

 

 

 

音楽や創作について語り合ったりすると、兎角、「俺はAだと思う」「いや、俺はBだと思う」というように、喧嘩腰になっている場面もよく見かけます、

 

でも、音楽を演奏・創作している時の内面というのは、実のところ、「AでもありBでもありCでもあり、しかも、そのどれでもない」、

 

という状態だと思います。

 

(※そもそも、物事を断定的・断片的に定義する「言葉」というツールで、重層的・多面的・忘我的・瞑想的な感覚を味わうことのできる音楽を説明すること自体、無理のあること)。

 

芸術論やアート観の分野で、些細な言葉尻にこだわりすぎたり、あまりにも正解・不正解、良い・悪いを決めすぎることもないと思う。

 

 

アートへの考察を深めるため、言葉(文章)で説明したり語ったりすることも、私は大いに賛成ですが、

 

同時に、気持ちをゆるく寛容に持っておいて、お互いの意見・見解の相違に、目くじら立てすぎる必要もないと思います。

 

 

■「アート・人生・生命・自然などは、結局のところ、謎であり神秘。心や創作の秘密については、表面的な技術的なことは分かるけど、その本質や真髄は、完璧には分かることは出来ない」

 

■「そもそも、なぜ人は感動するのか?そして、なぜ感動する作品とそうでない作品があるのか?その解答やメカニズムは、完璧には分からない。推察・想像するくらいしか出来ない」

 

個人的には、そんな感覚です。

 

 

私も、技術的なところは年々進歩していますし、その部分については、いくらでも断定できます。

 

(技術的に、自分の得意なところ・苦手なところは、ちゃんと断定できます。今後に習得したいこと、今後に目指したいこと、今後やりたい活動なども、いくらでも断定できます。…というか、そういう部分は、断定できなきゃダメだと思う(笑)。人の意見や助言や批判を聞くことも大事ですし、全然嫌いじゃないですが、やはり自分の活動なのですから、最終的には、自分の夢や希望や意思が大事。自分が舵を握っていないといけないと思います)。

 

 

そういう部分は、いくらでも断定できるし、むしろ断定できなきゃダメなことも多々ありますが、

 

しかし、音楽や人間や創作の、その深遠・神秘・真髄・本質・メカニズムについては、そうそう断定することは出来ない。

 

一生、謎のまま・神秘のままではないか?と思っています。

 

 

であれば、「自分」や「自分らしさ」に、自信や愛着を持つことは悪くないと思いますが、

 

あまりにも盲信しすぎてしまうこともない、あまりにも固着しすぎてしまうこともない、あまりにも分かろうとしすぎてしまうこともない、謎のままでも良い、

 

と思います。

 

 

なぜなら、この自分自身も、当然「謎」や「神秘」や「深遠」そのもの。

 

その大いなる一部。

 

「自分らしさ」や「音楽」について、規定して定めすぎてしまうと、むしろ自分自身の本質とズレてしまう、音楽の本質とズレてしまう、、、

 

要は、わざわざ自分で自分を牢獄に閉じ込めてしまうような感覚なのです。

 

(「自分らしさ」というものも、あるのかもしれないけど、意識しすぎて限定的・固定的になる必要はないと思ってます)。

 

 

日常囚われている固定概念の数々、、、

 

「これが自分だ」「これが音楽だ」「これが才能だ」「これは良いことだ」「これは悪いことだ」「これは心地良いことだ」「これは心地悪いことだ」「これは自然なことだ」「これは不自然なことだ」「創作とはこういうことだ」「独創性とはこういうことだ」「美しいとはこういうことだ」「幸福とはこういうことだ」「これはこういうことだ」「これはこうあるべきだ」、、、

 

というような、諸々の概念を破壊する、諸々の判断を破壊する…、

 

すなわち「自分殺し」をするような感覚も、個人的には心地良いことです。

無題

個人的には、人生というものは、自分自身の夢・願望、衝動・直感、快・不快、愛・良心、信念・価値観、、、

 

そういうものに、なるべく正直に従おうとするしかないと思っています。

 

 

でも、だからと言って、自分のそれらを自信満々に絶対視してしまうのではなく。

 

(自分にとって)何が心地良いとか、何が心地良くないとか、何が楽しいとか、何は楽しくないとか、何は幸せだとか、何は不幸だとか、何は自然かとか、何は不自然かとか、

 

あまり断定しすぎたりしてしまうと、私は、いまいち居心地が悪い気がしてしまいます。

 

 

時々は自分自身を疑うというか、

 

自分の発想・判断・好み・信念・価値観などを、あまりにも盲信しすぎるよりは、時々は見直し・反省したり改善したりするのも、私は好きなことです。

 

 

人生、「私は絶対こうなりたい!」「私は絶対これは嫌だ!」みたいな情熱は、必要だとは思います。

 

でも、実際、昔は嫌いだったり、苦手だったり、軽蔑していたりしたことが、今現在は好きだったり尊く感じられたりすることも、私は多々あります。

 

価値観や人生観はもちろん、(自分の)性格・感性・直感・快不快といった、一見定まった資質のように思えることも、実は変化し続けてもいるのだと思います。

 

 

…そもそも、自分や他人の人生を、「こいつ幸福」とか「こいつ不幸」とか、あまりにも決めすぎてしまったらお終いだ、と思う。

 

「こういう人生は幸福」「こういう生き方は不自然」などと、レッテルを貼りすぎてしまうのは、我々人間の視野・理解力の限界を越えているように思われるから。。

 

そんな狭量な判断や感性なら、持たないでも良いかも?とすら思う。

 

 

しかも、今現在が幸福だろうが不幸だろうが、通過点でしかないし、全て過ぎ去っていくもの。変化していくもの。

 

今現在、(自分が)幸福か不幸かとか、あまり重要視しすぎるものでもない、と思われます。

 

次(今)、何を選択するか、何をどうしていきたいか、どういうふうになりたくて、そのためにどういう行動・努力をしていくのか、

 

そこのほうが大事だと思っています。

 

(※個人の見解です)

節分

こんばんは。マリオ

 

本日は節分ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

節分とは、文字通り「季節を分ける」の意味もあるそうで、明日は立春…、

 

とは言え、まだまだ寒い日は続きそうですね。

 

節分なので、私はバタピーを食べておきました。

 

 

 

 

関係ないが、これが好き。

 

個人的には、求肥とホイップクリームだけなら、なお好み。

 

近況

どうもどうも、生きております、生存しております。すらりん

 

数年前から更新が減った当ブログですが、最近、なぜかアクセスが増えていて、定期的に訪問してくれる方もいらっしゃるようで。
 

ありがたいことです。

今年は、ブログ更新も増やせればと思っています。


音楽界隈で活動していれば、(あるいは人として生きていれば)、

日々、様々な夢・希望・発見・疑問・怒り・喜び・悲哀・憤り・反発心・無力感・問題提起などなど、

様々な想いが、心に沸き起こるもの。

 

それらの想い、私は日記的に書き溜めたりもしているので、

今年は、書き溜めたそれらの中で、発表できそうなものを、少しは書いてみようかと。


日常、ふと感じたことや、しょーもない発想などは、最近はTwitterに呟いています。

https://twitter.com/shimpei_yama8


このブログでは、今年は、少しは真面目なことを書いてみようかと思っています。

まあ、今日は書きませんが。kyu

そのうち書くかもしれないので、気が向いたら、また訪問してみて下さい。クリボー

 

 

あと、今は個人プロジェクト実現に向けて、亀の歩みの如くなれど、少しずつ取り組んでいるところです。

 

新たに発表したい曲は、去年かなり進めることが出来て、幾つも溜まっている、

 

しかし、それを実際に形にしたり演奏したりする方法・手段に、幾つものクリアすべき課題あり。

 

一つ一つ精査したり、実行したり、必要なものを購入したり、図々しく人にお願いしたりして、進めていきたいです。

Nightwish

こんばんは山下です。

 

生きております、生存しております。クリボー

 

 

 

本記事は、所属バンドのブログからの転載で、Nightwishレビューです。

 

(一部、新たに執筆してます)。

 

Nightwishは楽曲クオリティーも素晴らしいし、よく聞いています。

 

 

 

 

好きな曲!

 

まずイントロのザクザクしたギター、最高!

 

イントロは、執拗に何度も「シミ、シミ、シミ」という音の並びなのですが、歌(Aメロ)は、おもむろに「ラレ、ラレ、ラレ」。

 

これは凄い!

 

急に重力が変化したような印象で、私は、驚いてズコーッと転びそうになります!

 

イントロで構築された世界観が、いきなり破壊されていて見事です。

 

重力から、完全に自由になっていらっしゃる。(※作曲は、キーボードのツォーマス・ホロパイネンさんが担当)

 

そして、1:28からのメロディー!

 

こんな素晴らしいメロディーは、なかなか無いのではないか?

 

調子が良い上に、どこか挑発的で、しかも古風で神秘的で奥ゆかしい印象。

 

もちろん、単に私の個人的好みなだけかもしれないが。

 

そして3:23からの間奏は、なぜかチャイナ風味。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これも、とてつもない佳曲だと思います。

 

イントロはプログレ的な印象もありますが、小難しさは皆無。

 

むしろ分かりやすくて親しみやすく、独特の清潔感・清涼感がたまりません。

 

そしてこの曲も、イントロで構築した調性を、歌のAメロで、おもむろに破壊している!

 

(※歌が始まった瞬間、重力がふっと変化するような曲作りは、ホロパイネン氏の得意技ですね。クラシックだと、例えばシューベルト先生あたりも、似たような得意技をお持ちです。…ただ、シューベルト先生の場合、歌に入った瞬間ではなく、曲の途中で、この技を繰り出すことが多い印象ですが)。

 

さて話をこの動画に戻すと、

 

1:04からのBメロが面白く、そして1:18からのサビが、単純なのに耳にこびりつく!心に忍び込むッ!

 

その後、ギターソロはトロいのですが(笑)、何とも言えない味がありますね。

 

4:00あたり、ホロパイネンの必殺技が炸裂する瞬間は(?)、何度聞いても、私は腰を抜かすほど驚きます!(作曲面での必殺技です)

 

心血を注いだ、気合の入った、素晴らしい作曲だと声を大にして言いたいッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとシンフォニックすぎる感もありますが、バンドサウンドも目立っているので、これも好きな曲です。

 

まず、イントロのギターでご飯3膳いただけます。

 

テンポ的には速い印象ではないが、構成が目まぐるしいので、スリリングな疾走感を愉しめます!

 

やはり、作曲面が素晴らしいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後。

 

この曲、とにかく好きです。

 

彼らの代表曲の一つで、圧倒的な扇動力と格調高さを兼ね備えた、素晴らしい楽曲だと思います。

 

歌のメロディーが、所々、思わず泣けそうになります。

 

もちろん、おもむろに三拍子になるインストパートも、思わず一緒に口ずさんでしまいたくなる、

 

なんとも魅力的な曲だと思います!

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

お互い良い年となりますよう、お祈り申し上げます。

 

 

今年は僕は、目標というかやりたいこと・やろうと思っていることは、かなり定まっています、

 

昨年は、ここ数年構想してきたことが大きく前進した年でした。(もちろん音楽や創作に関わること)

 

とは言えまだまだ乗り越えなければならないハードルは幾つもあり、一つ一つ調査したり勉強したり各所にお願いしたりして、実現を目指していきたいです。

シューベルト「若い尼」、その他の雑感

こんばんは。めたるすらいむ

 

今日の記事は、Twitterで呟いたことのまとめ的な内容です。

 

楽曲紹介。シューベルト作曲「若い尼」という歌曲についてです。

 

プラス、即興的な雑感あれこれ。

 

(Twitterやってます。お気軽にFollow me!)

https://twitter.com/shimpei_yama8

 

 

 

 

さて、私がシューベルト歌曲で最も感動したのは、「若い尼」という曲です。

 

主人公の心情吐露・魂の遍歴が泣けるし、その詩に作曲したシューベルトのインスピレーションが、神懸かり的に見事!

 

色々と生きにくかった(笑)高校生頃に聞いて号泣し、私も一生音楽やろうと思った曲です。

 

もしよろしければ、歌詞対訳を見ながら聞いてみて下さい。

 

 

 

「若い尼」歌詞対訳、こちらからご覧になれます。

http://www.damo-net.com/uebersetzung/schubert/d828.htm

 

 

 

 

詩の心情・情景を、音楽が完璧に具現化していて見事!

 

(例えば鐘が鳴るシーンでは、ピアノ伴奏が、まさに恍惚として鐘が鳴り響いて聞こえる、とか)。

 

曲の開始は、嵐が吹き荒れる絶望的な状況・心境だが、

 

しかし後半、身も心も昇華されていくような内容に、心情的にも音楽的にも、私は大いに共感・感動したものです。

 

 

詩も感動的ですが、むしろ音楽的な内容や雰囲気に、身も心もどうにかなりそうなほど共感し、高校生頃、毎日聞いてました。

 

この歌曲や、あとシューベルト「即興曲」1曲目とか5曲目とか、(D899-1とD935-1)、図々しくも、私の心がそのまんま音楽になっていると感じ、救われたようにさえ感じた。

 

 

ちなみにクラシックの歌曲は、まず詩があって、あとで曲が付けられるのが普通です。(ポップス・ロックは逆)。

 

なのに、この完成度!

 

奇跡的な作曲能力としか言えない。

 

一つ一つのメロディー、一つ一つのコード進行が、ただ単に素晴らしいだけでなく、詩の情景・心情・世界観と見事に一体化していると思います。

 

 

…ところで、こうやってクラシック作品を語ると、山下は真面目だとか、勉強になりますとか言われたりもしますが、

 

私にとって音楽は、そんなお行儀の良い綺麗なものじゃあないです。良くも悪くも。

 

この「若い尼」も、客観的に褒めているのではなく、まるで私自身のことを歌っていると錯覚するほど、主観的に同化しています。

 

 

アニソンでもアイドルでも、ポップスでもロックでも、メタルでもクラシックでも、(その他何でも)、

 

私にとって、惹かれる曲は、理屈抜きでカッコイイ・官能的だと感じる曲ばかりだし、救われたようにさえ感じる時も多いし、まるで自分自身の心そのもののように同化してしまうし、

 

もっと言えば、自分や世界を全部ぶっ壊してくれるような感触もある。

 

(整った綺麗なだけの作品・健全でポジティブなだけの作品には、あまり惹かれないし、共感することも少ないかも)。

 

 

とは言え、かようなことを言いつつ…、

 

日常での人間関係は、私は、ごく普通に礼儀正しくいたいなーと思うのだが。

 

アートやエンタメから感じる官能とか、無心・無我っぽい感覚とか、救われるような感覚とか、自己と作品の同化とか、自分なりのこだわりとか、価値観や自己の崩壊・破壊とか…、

 

全て個人的なものであって、人様に理解・共感を強要するものでもなし。

 

(というか、私は基本コミュ障気味なので、ごく普通に楽しく礼儀正しく人と接することが出来れば、それだけで御の字まである!)

 

 

もちろん「自分の想いや考えは一切話しません」なんてことはなくて、縁あって誰かと音楽談義をするような時間に恵まれれば楽しいし、自分なりの感じ方・考え方を話しますが、

 

でも、お互いの意見・感想・感じ方は、無理してまでお互い理解させようとか、共感させようとか、絶対に分かりあおうとか、思いすぎることもないと思ってます。

 

 

そもそも、お互いがどう感じているかということは、言葉というツールが不完全である以上、完璧に誤解なく理解することは不可能でしょうし、

 

相手の性格・相手の内面・相手の感じていること等も、あまり完璧には分かったつもりになれない。

 

 

※もちろん言葉だけではなく、音楽も絵画も不完全な表現ツールだと思うし、

 

笑顔・握手・会釈などの表情や動作も、本心からオープンにやっていても、時には「作り笑い」「嘘くさい」と誤解されたりもする。

 

 

…要は、完璧に誤解なく気持ちを伝える表現ツールはこの世に無いと思うので、その都度その都度、心を込めて表現しようとするくらいしか出来ないと思う。

 

そして、もし誤解されてしまった場合も、そんなに気にすることもなく。

 

人間というものは、自分の解釈・自分の見方・バイアス的な色眼鏡でしか物事を見れない存在だと思うので、(もちろん私も)

 

音楽であれ、言動であれ、表情であれ、どう正直に表現しても、誤解されたり誤読されたりすることも、仕方ない気がします。

 

 

もっと言えば、自分が理解されること・共感されることを、あまり期待すべきでもないし、第一目的にすべきでもないと思う。

 

いちばん大事なのは、自分が理解されるかどうかではなく、

 

自分なりに思い付いた言葉や音楽や表情・行動を、正直に表現することだと思っている。

 

でないと、発言や行動の動機が、他者の評価・好評・同意を得るためになってしまいがちだと思うので。

 

…以前にも、似たようなことを書いた記憶もあるが。

 

 

社会性や相互理解も大事だろうけど、あまりにも、他者や世間に合わさせようと仕向けすぎるのではなく。

 

皆それぞれ、「自分」という存在も、ちゃんと大切にしても良い雰囲気作りが、私は好ましいですね。

 

(誰かと意見・感じ方・考え方が異なることが、イコール、その人と「仲が悪い」ことだとは思えないし、誰かに異論・反論を言うことも、イコール、その人を全否定しているとか、その人をディスってるとか、その人への愛が無いとか、そういうふうにも思えない。…逆に言えば、「仲が良い」ということは、必ず100パーセントお互いの意見・感性・性格・価値観が同じでもないはず)。

 

 

話が二転三転とそれましたが、本日はそんなところです。

 

 

 

 

 

P.S.

 

当ブログで、以前、シューベルトのピアノ曲を中心に記事を書きました。

 

コチラです。

 

かなり力を入れて書いた記事です、

 

もしよろしければ、あわせて読んでみて下さいませ。

近況

こんばんは、クリボー

 

本日、二度目のブログ更新です。m(_ _)m

 

 

さて最近、深田恭子さんとマツコ・デラックスさんが姉妹のCMが、妙に気になります。

 

そのCM、こちらのサイトで見れます。

 

 

特に「キッチン篇」と「うなぎ篇」が好きです、

 

見ていると、けっこう泣けそうになる。

 

おどおどした気弱な姉と、そんな姉の幸せを願う妹。

 

どちらの気持ちにも、妙に感情移入してしまう。

 

 

 

 

 

 

さて話は変わり、久々にカレー情報。

 

先日、立川をブラブラ歩いていました。(ヤマ散歩)

 

 

すると、上記写真のような怪しい外観で、しかも、ファブリーズも効かないほどスパイス臭ただよう店を見つけました。

 

これは、入らねばなるまい!(使命感)

 

 

 

 

 

 

ということで、カレーいただきました。

 

美味しかったです!

 

特にチキンカレー。

 

ホールスパイスがザクザク入っていて、薬膳カレー風の雰囲気さえ感じられる、私好み!

 

立川「レインボウスパイス」さんです。

 

これは、ぜひ何度か通わねばなるまい。

 

こちら、食べログです。

女まみれ

意味深な記事タイトルですが、この山下が女性にモテまくっているなんてことは、起こりうるはずもなく。

 

単に、最近、女声ヴォーカルのシンフォニックメタルを聞きまくっている、というだけの話です。すらりん

 

 

 

最近、Within Temptationのコピーバンドで弾かせて頂いているのと、

 

あと、あらためてNightwishのアルバム「Endless Forms Most Beautiful」に感動したこともあり。

 

今一度、この方向性のバンドを聞き返してみたり、新規で開拓してみたりしています。

 

…とは言え、私は作曲メインで聞くので、実は、女声ボーカルそのものに惹かれているわけでもないのだが。

 

(私とて、たまには、歌声や演奏(楽器)に感動することもありますが。でも、私が最も感動・感銘・興味を覚えるのは、いつも作曲面です)。

 

 

 

以下、感動した曲とかライブを、幾つかご紹介。

 

 

 

 

 

カッコイイったらありゃしない。

 

まずイントロが最高!

 

歌メロも感涙の嵐。

 

特にサビは、リフと歌メロが渾然一体となって、見事の一言です。

 

オオサビは、もたついたストリングスが胸をえぐるようだ。(例えば3:20〜3:25あたりとか)

 

 

 

 

 

 

カッコイイったらありゃしない、その2。

 

大仰なオーケストレーションと合唱だが、あくまでメインは、シンプルな歌メロの良さだと思う!

 

さっきの曲もこの曲も、どちらもコピバンで弾いてますが、このオーケストラ、キーボード一台で再現は無理です(笑)。

 

彼らも、ライブでは弾いてなくて、オケは流してるっぽいです。

 

 

ところでこのバンドは、一般的には「シンフォニック・ゴシック」と言われているので、

 

私は初めて聴く時、大いにゴシック要素に期待して聴いてしまったのですが、

 

全然ゴシックっぽい要素は無くて、非常に肩透かしでした!(期待外れにさえ感じた)

 

 

ただ、曲の良さ・クオリティーの高さは素晴らしいので、聴き込むうちに、気に入りましたが。

 

やはり、先入観で、変な期待や予想を持って聴いてはダメだな、と思い知らされました。

 

 

そもそも「ゴシック」という用語・定義自体が非常に曖昧で、

 

今となっては私も、音楽やファッションの世界で「ゴシック」と言ったら、必ずしも、歴史的に「ゴシック」と呼ばれる要素を指しているものではないと分かる。

 

だが、以前はそのことが分かっていなくて、

 

しかも私は、中世〜バロック音楽も実際に数多く演奏してきたので、余計に違和感を感じたものである。

 

例えば、「ストリングス」「ブラス」「大オーケストラ」「大合唱」「ピアノ」というような要素は、

 

むしろ19世紀以降の音楽の特色であり、中世・ゴシック時代やバロック時代には、そんなものは存在しなかったはず。

 

(※ストリングスやブラスは、もちろん存在はしていたけど、現代の楽器と比べると、まだまだ音質・音量ともに貧相だった。曲調・フレーズ的にも、多くの人が「これぞオーケストラ!」と思うような、19世紀以降的な発想は、まだ存在していなかった)。

 

 

Within Temptationは、上記のような要素が満載なので、サウンドそのものが、実はゴシックではないのだ。

 

ヴォーカルの歌い方も、一見クラシックっぽいと思われる方もいるかもしれないが、実は、クラシックの発声ではないし、(多分)

 

発声以上に、「節回し」が、非常に今風な要素も多い。

 

素晴らしいバンドだし、素晴らしい歌唱であることは間違いないが、これを「ゴシック」とか「クラシカル」と呼ぶのは、個人的には、少し違和感あります。

 

 

とは言え、前述したように、

 

現代カルチャーにおける「ゴシック」の定義は、必ずしも、音楽や建築の歴史上のそれとは同じではないという、

 

非常にややこしい事態となっているので、

 

そういう意味では、このバンドを「ゴシックメタル」と呼びたい人がいらっしゃるのは、全然構わないのだが。

 

 

そもそも個人的には、そういうカテゴリーとか区分けとか、どうでも良いですしね。

 

上辺だけ気取ったゴシックとかファッションとかも、あまり興味ないです。

 

個人的には、追求すべきは「中身」「内容」。

 

要は、音楽性だと思っています。

 

 

とは言え、「ファッションから入る」「形から入る」というのは、分からなくもないし、

 

上辺の形・作法・ムードを真似ているうちに、内面・中身も昇華されていく現象も、充分、分かりますけどね。

 

 

 

 

 

 

Epicaは、全アルバム聴いたわけではないです。(四枚くらい、CD持ってますが)。

 

このライブ動画の曲は、私が聴いた中では、一番好きな曲です!

 

アラビア風の始まりも良いし、2:00からのサビのメロディーが良いと思う!(裏のストリングスも良い)

 

そして間奏というか、器楽パートが魅力的!

 

4:04あたりから盛り上がり、4:36以降は、それこそ「ゴシック・プログレ」とでも名付けたいような音楽性!

 

これは、自分もやってみたい方向性です!

 

(その後はオルガンソロも飛び出し、7:42からサビ再現)。

 

 

さて、Epicaに関しては、いまいち最近は聴く気になれなくて、

 

それはなぜかと言うと、最近、あまりにもシンフォニックすぎる印象なので。(先入観かもしれないが)。

 

上記動画の曲は、シンフォニックな要素もありつつ、あくまでバンドサウンドがメインだし、歌メロもサビが魅力的なので、とても心地良いです。

 

 

個人的には、「シンフォニック」のほうがメインになってしまうと、少々萎えます。

 

どう頑張っても、チャイコフスキーとかマーラーとかジョン・ウィリアムズとかの、神がかったオーケストレーションと比べると、(比べるものでもないのだが)、陳腐で中途半端に聴こえてしまうので。

 

(※しかも、過度にシンフォニックすぎると、歌メロの良さが伝わりにくくなってしまう印象もあります)。

 

 

そんなわけで、シンフォニック要素よりも、歌メロの良さやバンドサウンドを前面に押し出して欲しいなぁ、と思います。

 

もちろん、私とは逆に、「シンフォニックであればあるほど好き」というリスナーもいらっしゃるでしょうし、いて良いと思いますが。

 

 

 

 

 

 

最近、新規で聴き始めたバンド。

 

鍵盤は、ちょっとモダンすぎる気もしてしまうが、全体的にとても好きな感じのサウンド!

 

この動画、いいなあと思うのは、メインの歌い手とは別に、コーラス隊がいるところ!

 

これは憧れるゥ!

 

私も、やってみたいことの一つです。

 

 

 

 

 

最後に、私が一番好きなバンドの一つ、Dark Moor、

 

2ndアルバムと3rdアルバムは、全曲、本当に素晴らしいのだが、

 

その中でも、最も好きな曲です。

 

別格!!!!

 

憎々しい感じの歌唱も素晴らしいけど、何と言っても楽曲!

 

奇跡としか言えないレベルで素晴らしい…。

 

2ndアルバムと3rdアルバムは、全曲このレベルなので、この時期、この作曲者さんには、この世ならぬ者が憑いていたとしか思えないです。

 

神か悪魔かは分からないが。

 

この二枚のアルバムは、明らかに人知を超えたことが起こったのだ。

 

 

 

 

さて、本日の記事はそんなところです。

 

そんなこんなで、私も、素晴らしい曲が作れるようになりたいです。

 

毎日、少しずつでもそのための努力をしていきたいと、ますます思う今日この頃です。

今年もあと一ヶ月ちょっと

どうもです。

 

人生初、ソフトウェア音源を購入せんとしているのですが、

 

それに伴い、Thunderbolt対応の外付けHDDとか、iLokの購入・登録とか、ソフトのオーソライズ方法とか、

 

アナログ・クラシック出身の私にとっては難問ばかりで、少々頭がパンク気味の山下です。

 

 

 

 

さてコチラの動画、泣けた〜!

 

 

 

 

 

こちらも似たような。再会系はヤバいですな。

 

 

 

 

 

こちらは、歩き方を忘れてしまうやーつ。

 

 

 

 

 

さて犬動画ばかりでしたが、実は僕は猫派さ。(犬も好きだが)

 

 

 

 

 

では、そんなところです。

 

ぼちぼち今年もラスト一ヶ月、お互い頑張りましょう〜!

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