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2013.10.06 Sunday

2013.10.5(1)

「愛」という感情(?)は、よく、「恋」とは別物だと言われる。

その通りだと思うし、さらに言えば、私は「愛」と「好き嫌い」も、別のものだと感じている。

「愛」という感情は、特定の個人にというより、だいたい全ての存在に、だいたい沸き上がる感じもします。

(嫌いな人などに対しても、不思議と沸き起こる。嫌いな音楽作品などに対しても、だいたい不思議と沸き起こる。…むしろ、嫌いな人や嫌いな作品に対してこそ沸き起こる、妙な愛しさというか(?)、妙な共感というか(?)、妙な寂しさというか(?)…、言語化不可能なあの感覚は、何なのだろう?)。

でも、それは、もしかしたら私だけではなく、同じように感じている方も少なくないのでは?とも思うのだが。



私には、嫌いな人や付き合いにくいと感じる人は、もちろんいるけど、(人と口論になることも、もちろんたまに有る)、

でも、表面的に「嫌い」であっても、その人の存在自体は応援したいし、人それぞれ、その人らしい花を咲かせて欲しい、と思う。

仲が悪い人などには、お互い頑固で気難しい部分があることに、不思議な可笑しみ・親しみ・共感・連帯感さえ、感じる。

(私の人生の中で悪者を演じさせてごめんなさい、とも思う。…あるいは、そういう感情や思考や判断の全てが、みみっちくてアホらしいギャグのように感じる時もある)。



そもそも私自身、好き嫌いの激しい人間。

どんな人のことも、どんな音楽作品のことも、無条件に「好き」になるなんて、私にはハードル高すぎて不可能。

だからこそ、私は、人それぞれの“好き嫌い”を、尊重したくなるのかもしれません。

心が狭いのは、私も同じだから。



そんなわけで、他者や自分の、表面的な“発言”や“行動”や“作品”を嫌うことはあっても、

その人自身…、

その存在自体…、

この不思議な「人生」というものを授かった者どうし、

皆それぞれ、良くも悪くも、偏った目線や価値観を持つ者どうし、

(皆それぞれ、良くも悪くも、自分に誇りを持ったり、自分を嫌ったり、他者との摩擦に悩んだり、他者との触れ合いに癒されたり、他者を責めたり、自分を責めたり、調子に乗ったり、反省したり、ピュアだったり、腹黒かったり、優しかったり、自己中心的だったり、見栄をはったり、謙遜したり、謙虚なことを自負にしたり、自己アピールしたり、自己アピールしないことをアピールしたり、努力したり、さぼったり、自惚れたり、人や自分を騙したり…、)

意外と、ほとんど皆、「似た者同士」とも感じる。



人それぞれ、性格・役割・立場・状況・健康状態・生き方・好き嫌い・価値観などは、誰一人、同じではない。

(同じでたまるか、とも思う。「皆同じでなきゃいけない」みたいな空気ほど、息苦しいことは無い)。

でも、大雑把に「人生」というものを俯瞰すると、「人間皆、良くも悪くも似たようなものかもしれない」とも、私は感じる。



人間の、あらゆる思考・感情・感覚・価値観・ポリシーなどは、全て、単なる誤解や盲信や思い込みのようにさえ、私は感じる。

そして、そのこと自体にも、私は、不思議な労りや、愛着や諦観のようなものも感じます。

(※「人は皆違う」という感覚と、「人は皆似ている」という感覚が、私の中には、矛盾なく共存しています)。

…かと言って、繰り返しになるが、誰のことも、どんな音楽作品のことも、全て平等に「好き」になれるわけではないけど。

だが、好きな人も嫌いな人も、好きな音楽作品も嫌いな音楽作品も、その全てが愛しいような感覚は、確かにあるのだ。



我々の「好き嫌い」も、「思考」も、「感覚」も、「性格」も、「価値観」も、「生き方」も、「ポリシー」も…、

全て、表面的と言えば表面的なもの。

どれも、大切だとは思います。

けど、どれも、「自分」という限られた狭い目線・経験に条件付けられた、いわば“条件反射”みたいな側面も有る。(単なる思い込みや決め付け)。

どれも大切だけれど、どれも絶対的なものでは無いし、どれも本質的なものでも無い気がします。

(どれも、服やファッションみたいに脱ぎかえ可能。どれも、立場や状況が変われば、自然に変化していくもの)。
 


「では、絶対的で本質的なものは何か?」、「“自分らしさ”や“自然体”とは何か?」などと、自分に問うなら、

明確な答えなどは出ないが、

あえて言えば、私なりには、「そんなものは無いし、そんなものは要らない」。

もしくは、「分からないし、分かろうとしない。決めないし、決めようとしない」。

という回答になります。

(まあ…、「決めない」というふうに、決めているだけかもしれないが…)。

2019.05.19 Sunday

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