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2017.05.30 Tuesday

2017.5.30

ところで、「言葉はレベル低い」「大切なのは言葉じゃない」というような意見を、割とよく聞きます。

 

(※誰かの発言・意見の、その内容を吟味する前から、「多言は陳腐」「文字や言葉では気持ちは伝わらない」「メールやSNSでは気持ちは伝わらない」というふうに、決め込んでしまうような価値観)

 

 

そういう意見も、もちろん個人の自由だから良いのだけど、いまいち釈然としない感じもする。

 

そのあたり、思うところを書いてみたいと思う。

 

 

 

 

もちろん「言葉」というツールは不完全なものである。

 

言葉では、人生や音楽の真髄を現すことは不可能に近いと思う。

 

 

しかしながら、我々人間の多くは、「他者と気持ちを分かち合いたい」「自分の気持ちを表現したい」というような欲求があり、

 

それを100パーセント正確に実現するツールは、今のところ、世の中に一つも存在しないと思いますが、

 

 

我々はそれを承知で、気持ちの「分かち合い」を目指して、

 

(あるいは、自分の想い・魂・気持ちの「表現」や「発信」を目指して)、

 

止むに止まれず、我々は言葉を発したり、音楽を発したり、何か行動や表情やアクションを起こすのだと思う。

 

そのこと自体を否定的に見てしまうのは、個人的には、あまり好きになれないです。

 

 

 

 

我々の言葉も、音楽も、表情も、行動も、礼儀作法も、ジョークも、全て不完全なもの。

 

思っていることを、誰かに完璧に誤解なく伝えるなんて、そう簡単には出来やしない。

 

誰かの心や性格を、完璧に誤解なく理解するなんてことも、そう簡単に出来やしない。

 

(自分の心・信念・感性・価値観・美的センスなどを、100パーセント完璧に(作品として)表現することも、そう簡単なことではない)

 

 

でも、発言することや表現することに、尻込みしすぎることもないと思う。(慎重になる必要はあるとしても、必要以上にブレーキをかけることはないと私は思う)

 

誰でも、自分なりに思い付いた発言・行動・表現をすれば良いと思う!

 

 

 

 

そもそも、我々の発言や行動や作品や価値観というものは、何が正解か、何が良いか悪いか、何が愛があるかないか、何が思いやりがあるか無いか、、、

 

そう簡単には決められない。

 

 

だから、何が良いとか悪いとか、何が思いやりが有るとか無いとか、完璧には分からないまま、

 

今現時点での自分の感性や信念や良心に従って発言・行動・表現するしかないと思う。

 

 

…やがて自分の内面や価値観も、経験によって変化するだろうし、(他者からの影響や批判やアドバイスで変化することもあるし)、

 

そうしたら、発言・行動・表現も、自然と変化するだろうと思う。

 

 

 

 

人というものは、一生涯、信念や性格や価値観が変わらないことは稀だと思うので、

 

毎日毎日、その都度その都度、あらためて行動や表現を選択するしかないと思います。

 

(自分の)信念・感性・性格・快不快・価値観・善悪観などを、あまり固定化・正当化・マニュアル化してしまわず。

 

 

だからこそ、我々はお互いに、発言や行動や作品の内容(中身)を、時には批判し合ったり、問題視し合ったりすることも、僕は大事だと思っています、

 

誰しも完璧な人間ではないし、誰しも自分本位の尺度・立場でしか物事を見れないので、

 

誤解してしまったり、ひどいことを言ってしまったりする可能性も、誰にでもあると思うので。

 

 

 

 

そんなわけで、音楽作品についても、お互いの言動についても、オープンに意見や批判を言い合ったりするのは、私は全然嫌いじゃない。

 

 

 

 

でも、発言や作品の内容(中身)を、よく吟味しないうちから、

 

「(言葉は)どうせレベル低い」、「(文字や文章では)どうせ心が伝わらない」、「そのジャンルはどうせダメ」、「そのメディアはどうせ心が伝わらない」、「SNSはどうせ心が伝わらない」、「音楽はこうでなければならん」、「アーチストはこうでなければならん」、「言葉(文字)で語る奴は本質を分かってない」、「言葉(文字)で語る奴は理論・理屈でしか考えてない」、「こういうタイプの発言は冷たいに決まってる」、「こういう意見こそ良識・常識に決まってる」、

 

というような感じの意見(批判)は、その発言やその作品の内容を、いっさい聞く耳を持たない態度に思えてしまう。

 

(内容を吟味しようとする前に、外側のジャンル・パッケージの印象で決めてしまっているだけ。表現スタイルの印象で決めてしまっているだけ)

 

 

 

 

例えば「メールやSNSでは心が通じない」「ゲームやアイドルは内容が陳腐」みたいな意見も、たまに聞くことありますが、

 

そういう意見は、コミュニケーション方法や表現ツール・表現ジャンルという、「外側のパッケージ」で、その中身・内容まで決め付けすぎに思われてしまう。。。

 

もっと、個々の作品ごとに、個々の発言ごとに、その内容を判断しなければいけないと思うのだが?

 

なぜ一括りにして、そのジャンル(ツール)の発言・表現・コミュニケーションは、「全てがダメ」と思い込んでしまうのかが謎です。

 

 

批判や問題視をするなら、少なくとも、その発言について、その作品について、その文章や言い方について、(その表現内容について)、

 

よくよく内容を確かめた上でないと失礼だと思う。

 

 

…もちろん、例えば夜中に路上で大声で演説・演奏などしている場合、その「内容」や「クオリティー」以前に、行為そのものが迷惑なので、

 

そういう場合は、内容・中身を吟味する以前に、行為そのものを問題視して良いと思いますが。

 

 

 

 

我々はお互いに、発言・行動・作品・表現の、その中身や内容や言い方(伝え方)に対して、批判を言ったりしても良いと思うけど、

 

ちゃんと内容・中身・真意を確かめる前から、

 

表面的なジャンルや、表現手段や、表現ツールや、言葉数(文字数)や、しゃべり方や、ルックスや、年齢や、性別や、人種や、表現メディアの種類等で、過度に見下したり否定しすぎたりしてしまうのは、

 

イメージや先入観で、発言(表現)の内容までをも決めつけてしまっているだけだと思う。

2020.04.18 Saturday

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