批評・批判・レビューについて(2)

前回記事の続きですが、この記事だけ読んでも、意味は通じると思います)

 

さて、当ブログでも、様々な楽曲・作曲家について、よくレビューや感想を書かせて頂いています。

 

例えば、この記事。シューベルト作品のレビューです。

http://shimpei2.jugem.jp/?eid=1128​

 

そしてコチラの記事はパスファインダー。

http://shimpei2.jugem.jp/?eid=1126

 

 

どの記事も、無責任きわまりない私見なので真に受けないで下さい?( ;´Д`)

 

…というのは冗談ですが、実のところ、音楽や人間というものは、あまり安易にレビュー・格付けなど出来ないとも思っている。

 

(私は単に、個人的な感想や意見を自分勝手に述べているだけ)

 

 

 

また、作品を聞いただけで、あまり安易に、作者の内面や人間性を理解したつもりになれるものでもないと思う。

 

(作品や演奏パフォーマンスを鑑賞することにより、その表現者の内面・人間性などを、想像は出来る。でも、断定は出来ないと思うの)。

 

 

いや、作品やパフォーマンスのみならず。

 

話し方や表情や仕事ぶりを見ることなどによっても、その人の気持ち・人間性などを、ある程度は想像できる。

 

が、100パーセント断定は出来ないと思う。

 

 

 

我々は、お互いに、(表面的な)表情・動作・発言・文章・作品・演奏・仕事ぶり・振る舞い等で判断し合い、「この人はこういう性格」、「あの人はああいうキャラ」、「この人はこういう主張」、「この人は今こう思ってるに違いない」、「この人は今怒っているに違いない」、「この人は今幸せ(不幸)に違いない」、

 

などと判断するのは当然なのだが、そういう判断は、いつも必ず100パーセント正しいものではないと思う。

 

人は皆、表面には現れない深い部分を持っていると思いますし。

 

誤解や誤読も、誰でもしてしまう可能性もありますし。

 

 

だからと言って、「他者のことを判断するな」と言いたいわけではないが。

 

他者の言動や作品や振る舞いを見て、どう感じるかは自分の自由だし、自分勝手に判断・解釈するより他ないと思いますので。

 

(そして、「自分がどう感じたか」を正直に表明するのも、(最低限の礼儀を守っていれば)、私は良いと思っています)。

 

 

 

 

では、私は何を気持ち悪いと感じるかと言うと、

 

■「誰かの言動・文章・作品・演奏などを見て、その人の内面や性格や心理状態を、あまりにも断定しすぎてしまうこと」

 

■「そういう自分の判断・感想・意見・価値観などを、絶対的な正論(正解)だと思いすぎてしまうこと」

 

■「批判」や「反対意見」というものを、即、相手のことを見下したり全否定しているのだと、勘違いしてしまうこと。(相手のことを尊重しつつ、個々の作品の表現内容・表現の仕方を批判(疑問視)するような時も、多々あり得るはず)。

 

そんなところです。

 

 

 

 

我々は、自分自身の感想や意見や快不快は、いくらでも断定して良いと思うし、いくらでも自信を持っても良いと思う、

 

しかし、他者の性格や心理や精神状態などは、あくまで「推測」しか出来ない。

 

いや、性格のみならず…、

 

例えば、その人がどれほど努力・練習してきたかとか、どのような意欲・心構えで取り組んでいるかとか、どのくらい集中しているかとか、どのくらい真心や愛情を込めているかとか、

 

そういうことも、その人の作品・演奏を聞いたり、その人の言動・表情・服装・振る舞いを見たりすれば、ある程度は想像できるけど、100パーセント断定までは出来ない。

 

 

 

だから、他者の言動・作品・外見・演奏を見て、そう簡単には、「こいつ頑張ってない」とか、「こいつ冷たい」とか、「こいつ愛が無い」とか、「この人は魂が素直」とか(?)、

 

そんなふうに、あまり断定は出来ないと思います、

 

せめて、「こいつは頑張ってないように見える」とか、「こいつは冷たいと感じる」とか、そういう言い方しか出来ないはずです。

 

 

 

私自身、本当に心から笑ったり、本当に心から共感したりしているのに、そう思われず、「嘘くさい」とか「本心から笑ってない」とか断定されたこともあるし、(誰にでもあると思うが)、

 

その他、全く事実と異なるのに、私の心の中を勝手に断定されたり、

 

断定されるだけならともかく、勘違いに基づいたまま、説教されたり呆れられたりしたことも少なくない。

 

冤罪のようなことも何度か体験しましたし、

 

先入観・勘違い・思い込みで決めつけられて、説教されたり怒鳴られたり、時に暴力さえ振るわれたりするのは、耐え難く嫌なことであった。

 

で、その人に反論すると、もっと素直になれとか、お前は気難しいとか、お前は怒りっぽいとか言われるし。(ご自分の勘違いが、正しいに決まっているという前提)。

 

 

もちろんそういう体験は、私自身にも問題があるのかもしれず、

 

なるべく誤解を与えないような表情・振る舞いを心掛けなければいけないのかもしれませんが、

 

でも、あまりにも誤解・誤読するほうにも、やはり問題はあるのである。

 

(※誤解・誤読が多い方というのは、「この人はこういう性格に決まってる」とか、「これは正しいことに決まってる」とか、「これは間違ったことに決まってるとか」、その他、「こういう生き方が自然体に決まってる」、「この年代はこういう性格に決まってる」、「この音楽ジャンルはこういう内容に決まってる」、「こういう言動やこういう演奏は、正直で心が込もっているに決まってる。そうじゃないものは、嘘くさくて心が込もっていないに違いない」などなど、色々と断定しすぎてしまっている印象が強いです。他人の性格や、物事の正邪や、音楽作品の内容などを、ちゃんと吟味する前に、決め付けすぎてしまう印象。で、自分が思い込んだことを、正しいに決まってると信じ込んでしまう…。もちろん信じ込むだけなら自由だし、人生、基本的には、自分に自信を持っていて良いと思うのですが…、あまりにも誤解や思い込みに基づいて、他者を非難したりするのは、私は良くないと思っている。私も誰でも、多少は誤解・誤読をしてしまうのが人間というものだが、だからこそ、「自分は常に正しいわけではない」「自分は全てを完璧には理解できない」「自分はエスパーや神様ではない」という事実を、心のどこか奥底に、常に自覚していたほうが良いように思われる)

 

 

 

 

そのあたりをわきまえていれば、どんな意見も感想も批判も言って良いと思っていますし、

 

私の言動・作品に対しても、どんな感想や批判を言ってもらっても、(否定的な批判であっても)、嫌な気はしないものです。

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