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2016.02.15 Monday

三善晃作曲「生きる」(混声合唱曲)

本日、指揮させて頂いた曲の一つをご紹介。



「生きる」三善晃作曲 

谷川俊太郎氏の詩「生きる」に作曲された合唱曲です。



名曲だと思います!

「好きな曲」とか「嫌いな曲」というような感想を超えて、

もはやこれは、三善先生の人生観や、三善先生が生きていた(感じていた)感触・空気感、


もっと言えば、「人生とは何なのか」「生きるとは何なのか」という普遍的なテーマが、

概念や観念でなく、実感・空気感として伝わってくる気がします。



全体的に、耳に心地良いだけの優しい音楽ではない。

非常に厳しいし、喜怒哀楽の全てを表現しているような凄みを、(私は)感じます。

それでいて、そういう喜怒哀楽一つ一つの感情に囚われすぎず、俯瞰している感じ??感情も人生も、ひたすら過ぎゆく感じ??

(※オスティナート的な手法と一定のテンポ感が、そう感じさせる)。

もはや個人の感情を超えて、全てを包み込む時の流れ・宇宙の流れ…、生まれては消失していく命の宿命・摂理…、

そんな雰囲気すら、私は感じます。





細かいところで言うと、

ストイックなピアノ前奏には、実に厳しい苦い音が混じっていて、

全曲を通じて、この前奏が、何度も何度も演奏されます。

(まるで時の刻みのようでもあるし、心臓の鼓動のようでもあるし、人生の宿命や歩みのようでもあります)。



色々凄いと思うところは多々あるのですが、

個人的に最も鳥肌が立つのは、2:42からのピアノだろうか?

「今が過ぎてゆく」という詩を歌った直後なので、

「じゃあ、過ぎ去って新しいメロディーが生まれるのかな?」と思いきや、執拗に、ふたたび前奏のピアノが奏でられます。


しつこい!

何も過ぎ去ってなどくれないのです。

これは、「「今」から逃げることは出来ない」「人生は「今」を生きるしかない」

というような実感がこもっているようにも感じられます。

(あるいは、「過ぎ去っていく時を止めることは出来ない」「やがて消え去りゆく命を留めておくことは出来ない」という、当たり前の真理を、厳しく厳粛に受け止めている感じもします)。


なんと厳しく、それでいて、何と実直で誠実なのだろう。

指揮をしていてここに差し掛かると、私の感性は、おののき打ち震えます。

甘さが無くて、非常に心地良いです。




あと合唱の出だしなども、何度聞いても、何度指揮しても、感動します。

さりげなくて、自然発生的な感じだろうか?

命を授かった感謝のようなものも感じられるし、宿命的に孤独を背負わされているような雰囲気も感じます。

ところが、同じようなメロディーが1:05では強い力感を伴い、意思や決意すら感じさせるニュアンス。

同じ言葉に、内容・印象がまるで違う表現をしていて、精神や感受性の深みを感じます。




そして何と言っても終わり方でしょう。

ピアノも合唱も、短調とも長調とも言えない、不思議な音がたくさん使われています。

これは、色々な感じ方・色々な解釈の仕方があると思います。

多くの人が感じることだと思いますが、「生きる」と言いつつ、ほとんど死を連想させるような響きですね。

つまり、生に内包される死をも表現しているのではないか?と思います。



その他、この終わり方に関して、個人的に感じたことを書きますと、、、

「生きるとは何か」「人生とは何か」「生とは何か」「死とは何か」ということを、三善先生は安易に結論付けず、安易にハッピーエンドにもせず、ただ深々と味わっているだけのような印象も感じます。

「なぜ生きているか、なぜ生かされているか、究極的には分からない」ということを受け入れつつ、それでも実直に生と死に向き合っている姿勢に思えてなりません。


あるいは、こうも言えるかもしれません。

あえて疑問符の残るような旋律・和音で終わることにより、

聞き手・歌い手、それぞれ一人一人に回答を委ねているのかもしれません。

三善先生の回答を押し付けるのではなくて。


(結果的に、それが、一人一人への応援・問いかけ・同胞愛のようなニュアンスさえ、私は感じます)。


人生・命というものへの諦観・絶望感もあるのでしょうが、だからこそ、強い祈りや愛のような想いも感じます。

(レクイエムのようにすら感じられる時もあります)。




(注※全て個人の感想・主観です。もし三善先生がご存命で、この記事を読んだら、「僕はそんなつもりで作曲してない」と言う可能性も高いです。笑)




いやはや、しかし、これぞアートでしょう!

作品に、作者の個性・感性・人生観が見事に反映されつつ、

なおかつ、作者個人の視座を超えた凄みさえ感じられる。

(そして、それを実現できる、作曲技術の素晴らしさ!)




とてつもなく孤高の境地・孤高の技術でありつつ、万人が楽しめるエンターテインメントとして成立しているところが、また見事!

本当に凄いものだ。


作曲の技術的にも、感銘を受けるところは多数ですが、ここで手短かに書けることでもないので、そのあたりは割愛。

感想的なことのみ、書かせて頂きました。

2017.12.10 Sunday

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