好きな指揮者

(※Alchemy Crystalのほうのブログ、私は毎週土曜に書いていますが、こちらに転載しても良さそうな内容は、今後、同内容をアップしようかとも思っています。)


本日の記事は、好きな指揮者の動画を幾つか紹介させて頂きますが、
そもそも、指揮者の最も大切な仕事の一つは、いわゆる「さん、はいっ!」という合図です。
曲の開始部分だけではなく、曲の流れの中で、テンポが変わる部分、新しいフレーズを奏でる部分なども、毎回、「さん、はいっ!」が必要です。

指揮の初心者の段階では、まずは、誰が見ても分かりやすい「さん、はいっ!」を目指して、練習します。(これだけでも、けっこう難しいです)。
でも、それは初歩の初歩。
レベルが少し上がれば、指揮者というものは、当然、そういうタイミングを指示するだけではなく、
そこに、「どう演奏したいのか」「これはどういう音楽なのか」というニュアンスを付加していきます。
さらには、指揮の動作に、音楽観や人生観のようなことまで滲み出てしまう、実に不思議な仕事だります。
(ダンスと似た要素もあるかもしれませんが、あくまで指揮は、「音楽を生み出すための動作」です)。

素晴らしい指揮者さんの動作は、「さん、はいっ!」という合図の上手さ・的確さはもちろん、それ以上に、今演奏している音楽を、「どう感じているか」「どう表現したいか」、そのあたりが一目瞭然です。
見ているだけで楽しいし、気持ち良いし、見事なものです。





カルロス・クライバーさん。大好きな指揮者です。

彼はインタビューで、「若い音楽家の教育はしないのですか?」と聞かれ、「私は教育には全く興味がありません。苦労して、車を部品から組み立てて作ることなんか興味なくて、性能の良い、完成された一流のスーパーカーで、猛スピードで走るのが好きなのです」、みたいに答えたらしい。
要は、下手くそな連中なんか相手してられない、ということだと思います(笑)。

この動画は、そういう彼の人間性・音楽性が、よく現れていると思います。


上の動画、見れば分かると思いますが、「いち、に、さん、しっ!いち、に、さん、しっ!」と、全くビートを刻んでいないですよね?
音楽の流れ・エネルギーの、ざっくりした方向性だけを指揮して、「さん、はいっ!」という合図すら、可能な限りサボっていますね。

んまあ〜贅沢!

そして、極上の上品さ!

でも、このような指揮は、一流オーケストラだから可能であって、(団員メンバー全員、ソリストになれるような腕前)、
もしこの動画の指揮で、学生オーケストラなどを指揮したら、ガタガタに崩れるかもしれない(笑)。
団員メンバーの音楽能力が低ければ、分かりやすく「いち、に、さん、しっ!」と、ビートを刻んであげないと、皆、リズムを見失ってしまいますからね。

というわけで、本当に見事で贅沢な動画だと思います。
けっこうバカっぽい曲ですけどね。
クライバーさんの指揮は、基本、高田純次さんレベルで超テキトー、でも、時々インパクトのある音を振る時、その的確さやリズム感は、やはり素晴らしいです。




 


この動画は、「のだめカンタービレ」で有名な曲ですね。サビの部分は、どなたも聞いたことあると思います。
指揮は、やはりカルロス・クライバーさんです。

序章が長いですが、特に注目いただきたいのは、3:50〜4:35あたり。

この指揮は、神業です!!

(しかも、指揮が目立ちすぎて音楽を邪魔したりとか、そんなことも全く無い)。

まず3:55〜4:05!!
クライバーお得意の、「振らない指揮」!
でも単なるパフォーマンスではなく、ここは、ベートーヴェンのメロディーが、特別の雰囲気ですよね?まるで、新たな霊感やインスピレーションを授かっているような感じで…。
クライバーさんは、ワクワクしながら聞き耳を立てて、新たなインスピレーションに聞き入っている感じです。
要は、クライバーさんが自力で何かを表現しようとしていなくて、天から聞こえてくる天使の声に、幸せな気分で聞き入っている雰囲気が生まれるのです、
その結果、オーケストラからも、そういうサウンドが生まれています。(それにしてもクライバーの動き、上品です!)

4:15〜4:25も、凄い!!
ここは、思いっきり「振って」います。
爆発的エネルギーの音楽なので、ほとんどの指揮者は表現しきれないと思うのですが、クライバーさんは完璧です。
(「さん、はいっ!」の合図としても、タイミング、スピード、これ以上ないくらい的確です)。

で、4:25からは爆発的に盛り上がりますが、「のだめカンタービレ」に使われた部分ですね。
クライバーさん、サビ直前の「さん、はいっ!」が、凄まじいですね。
何が凄まじいかって、とにかく凄まじい。
ジジイのくせに、はええ!


ちなみにクライバーさん、指揮台ではこんなに優雅で自由で、オーケストラも観客も魅了し、堂々としていますが、
普段はシャイで内向的で、でも女好きで、ファザコンで、自分に自信が無くて、仕事をドタキャンすることも多く、難しい曲や難しい状況にはチャレンジしようとせず、大成功を確信できない仕事にはチャレンジしようとせず、周到すぎるほど入念にリハするのに、本番前は緊張しやすく…、

周囲の人から見ると、理解しがたいほどナイーブすぎる性格だったようです。(多分、完璧主義者でもあったのでしょう)。

でも私は、それで良いのではないかと思う。

もし彼が普通に前向きで明るくて、自信がある人だったら…、多分、これほど神懸かった繊細な指揮は出来なかっただろうと思うのだ。
人並み外れてナイーブだったからこそ、同じ楽譜を見ても他の人には気づけない、音楽の繊細さや大胆さを引き出せたのだと思う。

だから、クライバーのみならず、
人間、誰しも、一見短所と思えるような性質があったとしても、それもまた、素晴らしい仕事をするために役立つ可能性もあるかもしれない、それもまた、その人の長所であり美点なのかもしれないと、私は思っていたい。




 


こちらは、作曲家でもあるレナード・バーンスタインさんの指揮。
曲は、マーラーの交響曲9番です。
長い動画ですが、オススメは第4楽章です。

第4楽章は、56:30からです。
この第4楽章は、音楽としても大傑作だと思います。お暇な折に、ぜひ聞いてみて下さい。

短い序章の後、コードがD♭で開始し、次がA♭で、その次のAで、はやくも私は悶絶死します(笑)。

何という変態的で美しいコード!

低弦が重厚で泣けます。
その後も、この曲は、美しくも醜く、哀しくも宇宙的に広がる、独特のコードとメロディーが延々と続きます。

最高です!

深い音楽だー、
何が深いって、とにかく深い。
これは、人類の宝と言える曲の一つだと思います。

バーンスタインさんの指揮で見て欲しいのは、全部良いけど、特に58:35〜59:10や、59:30〜1:00:52や、1:03:55以降あたり。
というか、本当に素晴らしい曲なので、4楽章の最初の10分だけでも聞いてみて下さい、
これがイマイチだと感じるなら、一生、マーラーは聞かないほうが良いです(笑)。


さてバーンスタインさんの指揮は、まさに、「さん、はいっ!」の合図のみならず、この曲の内容、雰囲気、音楽性、自分がどういう音楽をやりたいか、自分はどういう人間でありたいか、
そういうものが、一目瞭然ですね。ほぼ素っ裸状態で、全てをさらけ出していると思います。
「この曲は、喜びも哀しみも含めて、自分の全てを込めて、全身全霊で演奏するんですよー。いや、喜びや哀しみや「自分」なんか超越して、人生や生命や宇宙そのものなんですよー、この音楽は」、
ということを、一目瞭然で示している。
言葉で示すのでなく、動作や表情、体から放射するオーラやエネルギーで、その場にいる全員を一体化させている感じですね。


…とは言え、この指揮、個人的にはギリギリだと思う、
ちょっと自己アピール的なパフォーマンスにもなりそうな危険性もはらんでいるからだ。
バーンスタインさんは、愛や情熱やユーモアに溢れた方だと思うが、普段の言動から、やや尊大で、やや自信過剰で、俗っぽい自己顕示欲なども感じられるのだが、(ファンの人、すみません)、
でも、そういう人間らしい醜さ・小ささ・我欲を自覚しているからこそ、彼は、本当に愛や救いに溢れた音楽を実現できた気もする。

少なくとも、この動画の指揮をしている時の彼は、音楽や人類への愛・共感に満ちていると思いますし、実際に、そういうサウンドが鳴っています。
世紀の名演だと思います。(私はDVDも持っています)。


というわけで、指揮に関してでした。


分かりやすい指揮が大事ではあるけど、あまりにも分かりやすい的確な指揮をしすぎると…、芸術やエンターテインメントではなく、まるでテキパキと交通整理をしているような印象にもなったり(笑)、あと、合唱団やオーケストラが、「命令に従っているだけ」という雰囲気すら生まれることもあります、

かと言って、アーティスティックに、感情まる出しで指揮をすると、音楽が主役でなく、指揮者が主役になってしまう危険性もあります。指揮者が自慰的に、「僕はこんなに辛いんだよ〜!」、「僕はこんなに楽しいんだよ〜!」、「僕を見て〜!僕のこの華麗な指揮と、素晴らしい音楽性と人間性を、みんな、見て見て見て〜!」みたいな(?)、単なる自己顕示欲のアピール風にもなってしまいます。

あるいは、華麗でカッコ良すぎる指揮だと、いくら上手くても、実直で無骨なベートーヴェンみたいな音楽は表現できない…、
だから、ただ上手ければ良いというものでもない、音楽に則していなければならないもので、奥の深いものだな、と思います。


今回ご紹介したクライバーさんとバーンスタインさんは、割と感情のままに表現するというか、人間味あふれるタイプだと思います。
お二人とも、素晴らしいと思います。

でも、彼らとは真逆のタイプで、帝王や暴君のように、オーケストラを「支配する」「命令する」みたいな感じの人も、それはそれで素晴らしい人もいます、
(例えばベートーヴェンやブラームスの重厚なシンフォニーとかだと、意外とそういう指揮者のほうが、格調高い演奏が可能だったりすることもあります)。

あるいは、感情や情感を排し、過剰に表現しすぎないような指揮者さんでも、素晴らしい方はたくさんいます、
(職人気質の指揮者さんだと、「そもそも、表現をするのは作曲家と音楽。指揮者やオーケストラは、自分の想いを乗せることはあっても、脇役にすぎない。何よりも大事なのは、作曲家が表現したかったことと、音楽が表現したがっていること」というポリシーの方も、多い気がします)。


要は、色々なタイプの指揮者さんがいますし、どのタイプが一番素晴らしいとかも無いと思います。

それぞれのパーソナリティーでやれば良いのだ、と思う。
指揮者も、作曲家も、歌手も、それぞれ自分の好みやポリシーやパーソナリティーでやれば良い。みんな同じでなくて良い。

よく、「指揮者たるもの、演奏家たるもの、こういう精神性で、こういう人格でなければいけない」とか、「音楽を楽しまない音楽家はダメ」とか、「指揮者には自信と統率力がなければいけない」とか、「アーチストたるもの、こうでなくてはならん」とか、「前向きに自然体に生きなきゃダメ」みたいなこと言う人いますが、
僕は、そんなことは無いと思う。

どう生きるのが自然体で、どう考えるのが自然体で、どう感じるのが自然体かなんて、人によって違うのだから。


例えば、仕事をご一緒した指揮者さんで、(日本でも割と有名な指揮者さんですが)、とてもシャイで口下手で内気な指揮者もいましたが、逆に、ものすごく人を惹きつける人でした。(前述したように、クライバーさんも、内気でシャイで自信が無かったらしい。そういう人だからこそ表現できるものも、絶対、あると思うのです)。

逆に、いつも軽口で下ネタばかり、不真面目なことばかり言って、酒飲みで遊び人みたいな指揮者もいましたが…、そういう先生が、ふと真摯な表情で指揮されている様子などは、やはり、深いものを感じました。(例えるなら、サザンの桑田さんが、軽口っぽい歌詞の曲ばかり歌った後に、愛や人生に関する歌を歌うと、より深く感動的に聞こえる感じかもしれません)。

チャイコフスキーやラフマニノフなんて、ものすごくネガティブで、ほぼ鬱病で、いつも自分に自信が無く…、(彼らの他にも、自分の曲の反省ばかりしているような作曲家もたくさんいたようですが)、
でも、だからこそ彼らは、繊細で切ない素晴らしい作品を作れたのだと思う。


だから、アーチストや音楽家に限ったことではないが、人格や感性の良し悪しなど、一概には決められない。
音楽や仕事への取り組み方も、正解なんて無い。
人それぞれで構わないと思う。

あまりにも本人や他者を傷つけるような言動は、矯正するよう努力すべきかもしれないが…、そうでないなら、多少ネガティブだろうが、多少尊大だろうが、多少理屈っぽかろうが、多少考え無しだろうが、多少明るすぎようが、多少クソ真面目だろうが、多少遊び人だろうが、別に、どんな人格でも構わないのではないかと私は思う。
どんなに短所と思われるような部分も、それがその人の長所でもあるはずだと、実感しているからだ。

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