原点

最近、Youtubeで、長年聞きたいと思っていた音楽を発見しました。

中高生頃に夢中になった音楽です。(とあるパソコンゲームの音楽)。

かなりマイナーな作品なので、CD化もされておらず、楽譜も発売されておらず、動画投稿サイトなどにも、ずっとアップされていなかった類の音楽でした。

当時、その音楽に夢中になって、耳コピで採譜したりしていましたね。

(あまりゲームには熱中しなかったけど、その音楽には強く惹かれました)。

それらの音楽を聞かなかったら、私は今、作曲をやっていなかったかもしれません。

シューベルトやベートーヴェンと並んで、私の原点の一つです。




その音楽…、ややアイリッシュな感じで、何に似ているかと問われれば、強いて言えばエンヤやケルティック・ウーマンや、

あと初期のダークムーアや、「ゼルダの伝説」「リンクの冒険」「ファイナルファンタジー」あたりの音楽にも似ていますが、

でも、もっと神秘的で、もっと伝説的で、もっと古代的で、もっと中世的で、もっと深々とした感じなのです。

クラシックで言えば、フォーレやフランクに似ていなくもないが、バロック・ルネサンス色も感じられるので、遠からず近からず…。

(初期ダークムーアから、ドラムや疾走感を抜いた感じ?説明しにくいが、そんな感じです)。




それが先日、Youtubeに全曲アップされていたのを見つけ、速攻、録音しました(笑)。

当時は耳コピ・採譜に苦戦したけど、今なら全ての音が楽勝で聞き取れて、随分成長したなと思いました。

でも、そういう音楽的な技術は成長したけど、私の感性自体は、良くも悪くも、当時からほとんど変わっていないとも思いました。

(私の感性・人間性の、長所も短所も変わっていない感じ。死んでも治らない感じの、しょーもない感性。すなわち、ろくでもない感傷性・ロマン性)。

憧憬や哀愁に満ちた音楽に、身も心も浸り、祈りたくなってしまうような感じ。。。

無駄に感傷的で、常に心の中に光と闇が同居しているような感じ。。。




大袈裟に言えば、あらためて、これが人生の目的で良いようにすら感じた。

中二病と言われようが、しょーもない感性や感傷を作品にしていくこと。

(※もちろん哀しいだけの音楽ではなくて、ほのかな希望とか、淡い憧憬とか、荘厳さ・勇壮さ・壮大さなども含む音楽です)。




一生遊んで生きるのも楽ではないが、こういう音楽を作るためなら、誰に何と言われようと、どんな苦労をしようと、一生これをやっていきたい気がした。

聞いていると涙が出るほど心を打たれますし、どんどん元気になる気がしました。

「これだァァァー!」みたいな。^^;

いやー、素晴らしい。

決意すればやれるものでもないかもしれないが、いよいよズレて空気や常識や流行を読まず、今後も自分なりの音楽を作っていきたいと思った。

追記

そうそう、前回記事で書いた、『氷砂糖をほしいくらいもたないでも』ですけど。そう言えば、この曲は、去年の大震災直後、(確か4月頃)…、悲惨すぎるニュース映像を見ながら、頻発する余震に揺られながら、非常に落ち込んだ気分の時に、作曲したのでした。(節電による、暗い部屋の中で)。

だから何ってわけじゃないし、だからと言って、この歌に価値があるとか言うつもりもありませんけどね。今日、ふと、そんなことを思い出した。

『氷砂糖をほしいくらいもたないでも』について

CD『雨ニモマケズ』。昨日、無事に発売されました。

嬉しいご感想も、既に多数いただいています。

ありがとうございます!

全3曲のCD…、表題作は『雨ニモマケズ』ですが、残り2曲にも、もちろん愛着あります。

特に、『氷砂糖をほしいくらいもたないでも』。

この歌詞は、私は、賢治の書いた言葉の中で、最も感動した言葉の一つです。

『注文の多い料理店』の序文に作曲したのですが、何とまあ、綺麗で神秘的で奥深い文章ですね…。

賢治が書いたままを引用しますと、

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。」


私は、この文章は、この地球やこの世界へのラブレターのようにも感じます。

あるいは、「人はパンのみにて生きるにあらず」と言い換えることが出来るかもしれません。

それを、道徳的・説教的・教訓的な言い方にせず、極上の美しいイメージとファンタジーで表現するあたり…、やはり素晴らしいと思いますし、

あと、「わたしたちは」という冒頭によって、目線や感性が、自分自身ばかりに向いておらず、視野が広い感触を受けます。

アーチストにありがちな(?)、自分のセンスや価値観ばかりを礼賛する雰囲気が少なく、人類全体に共通する、普遍的な真理を探究している印象さえ感じます。

(ただし最後は、「わたくしは」と、思い切り個人的な心情を吐露しています。それによって、価値観やイメージを他者に強要しない、「あくまで自分自身の狭い目線でしかない」という謙虚さも感じられます)。

それ以外にも、色々なことを感じさせてくれるし、心の奥深くに、すっと染み込んでくるような感じがします…。

今回、この賢治の文章に作曲させて頂いたことによって、私自身も、この地球や世界に対して、私なりの切ないラブレターが書けたような気がしています。

(私は子供の頃から、心の中に、常に切ない感情が渦巻いていて…、いつも、なぜか、そこはかとなく哀しくて、愛しくて、やりきれなくて…。で、そういう切ない感情を洗いざらい作品にして吐き出すまでは、私の心に安らぎは来ないのではないかと、ずっと感じていました。今作では、「洗いざらい」とまでは行かないかもしれませんが、そういう切ない感覚も、自分なりに作品に込めたつもりです。歌詞も、「好きです!好きです!」と、切ないくらい連呼してますしね(笑)。勿論、まだまだ未熟な、独り善がりな曲かもしれませんが)。

とは言え、このCDは、私だけの個人的な作品でもないです。
 
森圭一郎さんの、魂の底から溢れるような歌も最高すぎます!めちゃくちゃ切ないし、めちゃくちゃ力強い。ハンパねー。

(『そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう』の、Topo洋平のケーナなんかも最高ね〜)。
 
あと、何より、宮沢賢治先生の存在が大きいです。
 
加えて、聴いて下さった方一人一人の心や感性も反映されるのではないかな?とも、図々しくも、思っております。(それは、このCDに限ったことではありませんが)。

出来れば、たくさんの方に聴いてほしいなぁ、と思います。

P.S.

それから、まだ先ですが、5月14日(月)にライブもやりますので、よろしければ、そちらもお願い致します!

■場所
草加シュガーヒル
■予約・お問い合わせ
048-927-7489
■料金
1set¥2,000、2set¥3,000、+order。
■時刻
OPEN 18時30分
LIVE 19時30分〜
■出演
森圭一郎(ヴォーカル、ギター)
山下晋平(ピアノ)
山下Topo洋平(ケーナ、サンポーニャ)

※(宮沢賢治先生は、都合により、この日は出演されません)。

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