2018.08.18 Saturday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • -
  • -
  • -   

2018.08.17 Friday

インフォメーション

(※通常のブログ記事は、この記事の下です)

 

Twitterアカウント

https://twitter.com/ymst_music

 

 

【作品試聴(YouTube)】

 

「時は来たれり」(Japanesque metal)

(作詞作曲:山下晋平、Vocal:keiichi)

https://youtu.be/JkhwvDwfzDk

 

「誇りと魂の挑む先に」(Symphonic metal)

(作詞:伊藤道大郎、作曲:山下晋平、Vocal:伊藤道大郎、三上響子、天鶴)

https://youtu.be/_ch35_ntgsU

 

「生徒諸君に寄せる」(歌曲)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:望月裕央)

https://youtu.be/n9-9HlteLDs

 

「氷砂糖をほしいくらいもたないでも(注文の多い料理店より)」(歌曲)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:望月裕央)

https://youtu.be/m7Z8FXG6UmA

 

「松の針」(歌曲)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:望月裕央)

https://youtu.be/ml_Z6rlm_f4

 

「氷砂糖をほしいくらいもたないでも(注文の多い料理店より)」(歌曲)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:森圭一郎)

https://youtu.be/hPD428BUKnA

 

「雨ニモマケズ」(歌曲。ギター伴奏バージョン)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:森圭一郎)

https://youtu.be/ePdTjJq2f-4

 

「雨ニモマケズ」(歌曲。ピアノ伴奏バージョン)

(作詩:宮沢賢治、作曲:山下晋平、Vocal:望月裕央)

https://youtu.be/7dRI4NTNr7Y

 

 

 

【作品試聴(Sound Cloud】

 

Sound Cloudではピアノソロ曲を8曲、お聞きいただけます。

https://soundcloud.com/shimpei-yamashita

 

 

 

【CDリリース情報(Amazon)】

 

CD「宮沢賢治歌曲集」(望月裕央&山下晋平)

全12曲。宮沢賢治の詩による歌曲が6曲と、ピアノソロ曲が6曲。¥2,500。

https://www.amazon.co.jp//dp/B008TSPHQC/

 

CD「雨ニモマケズ」(森圭一郎&山下晋平)

全3曲・シングルCD。宮沢賢治の詩によるソング集。¥1,000。

https://www.amazon.co.jp//dp/B0078KY7MM/

 

CD「静寂の庭」(山下晋平)

全10曲。ピアノソロ曲集。¥2,600。

https://www.amazon.co.jp//dp/B000UMX6AE/

 

(※全曲、山下晋平による作曲)

 

CDはAmazonの他、全国タワーレコード、HMV、新星堂、TSUTAYA等、有名店舗にてお求めになれます。(店頭に置いていない場合、注文すれば取り寄せ可能です)。もしくは、山下までメールにてご注文下さい。

 

(※「静寂の庭」のみ、現在、流通が滞っているようです。お求めの場合、山下までメール頂ければ幸いです)

 

メールアドレス

arsantiqua_mail☆yahoo.co.jp

 

(↑お手数ですが、☆を小文字のアットマークに変えて下さい。件名に「CD注文」、メール本文にお買い求めになりたいCDタイトルと枚数を、記載お願いいたします。数日以内に返信いたします)

 

 

 

【楽譜】

 

■「宮沢賢治の詩による六つの混声合唱曲 雨ニモマケズ」

(作詩:宮沢賢治 作曲:山下晋平)

 

■「宮沢賢治の詩による六つの女声合唱曲 雨ニモマケズ」(混声3部対応)

(作詩:宮沢賢治 作曲:山下晋平)

 

どちらの楽譜も、ヤマハなど全国の楽器店にて注文すれば取り寄せ可能です。楽器店にて、ご注文する冊数・楽譜タイトル・作曲者名・出版社名をお伝え下さい。(出版社名は「キックオフ」です)

 

ネット・メール・電話での注文なら、出版社キックオフから可能です。

 

有限会社キックオフ(Chorus Score Club)

tel 0463-36-6933

 

 

 

【連絡先・その他】

 

Twitterアカウント

https://twitter.com/ymst_music

 

メールアドレス

arsantiqua_mail☆yahoo.co.jp

(☆を、小文字のアットマークに変えて下さい)

 

山下への依頼・連絡などは、上記メールアドレスからお願いいたします。

(Twitterのダイレクトメッセージやリプライでも可)

数日以内に必ず返信致します。

2018.08.17 Friday

ピアノカバー

こんにちワン🐶

 

ブログ更新は久々ですが、生きております、生存しております。( ͡° ͜ʖ ͡°)

 

最近はTwitterで日常のことを呟くことが多く、こちらの更新は極端に減っております。減じております。

 

【山下twitterアカウント】

https://twitter.com/ymst_music

 

 

ところで最近、ピアノ(キーボード)で様々な曲をカバーしてます。

 

音質・画質は拘らず、気軽に公開しております。晒しております。

 

曲作りの勉強にもなるし、好きな曲を弾くことは、やはり楽しいものです。(今後も続ける)

 

いずれ、もっと良い音質・画質でフルコーラス弾き、Youtubeなどにアップしようかと目論んでおります。企んでおります。

 

 

今のところ、下記の4曲。

 

もしよろしければ聞いてみて下さい。(Children Of Bodomは、私の歌入り!?)

 

■TM NETWORK「Get Wild」

https://twitter.com/ymst_music/status/1020308250909028354

 

■アニメ「はたらく細胞」主題歌

https://twitter.com/ymst_music/status/1021689832848809985

 

■Arch Enemy「War Eternal」

https://twitter.com/ymst_music/status/1022829260585631744

 

■Children Of Bodom「Children Of Bodom」

https://twitter.com/ymst_music/status/1028951481544716288

 

 

上記どの曲も、Youtube内でアーチスト名と曲名で検索すれば、原曲の音源やライブ映像が見つかると思いますので、もしご興味ある方は。

 

ちなみにArch EnemyとChildren Of Bodomは、私はとても好きですね。

 

何とも美しく実直で、素晴らしい曲だなと思います。

 

…単なる個人の好みですが、あまりフワフワしたオシャレな音楽より、メロディーや構造がクッキリしていて、愚直だったり実直だったりする感じの音楽が好きです。

 

(クラシックで言えば、例えばベートーヴェン、シューベルト、ショパン、チャイコフスキー、マーラーあたりが好き。その5人とも、もちろん繊細美の極みでもありますが…、旋律や和声から滲み溢れる音楽性が、上辺のオシャレさとかムードとかより、心・精神・生命の深部からダイレクトに訴えかけるような実直さを、私は個人的に感じています)

 

↓Arch Enemy「War Eternal」は、公式PVありましたので、貼っておきます。(私のピアノカバーは、イントロ省いています)

 

2018.03.23 Friday

新曲公開

こんにちワンDOG

 

ブログ久々ですが、生きております、生存しておりますクリボー

 

さてソロプロジェクト「Ars Antiqua」にて、新曲を公開しました。

 

 

ぜひお聞きいただければ嬉しいです!

 

そして公開曲の第一弾のほうも、もしよろしければ聞いてみて下さい!

 

 

今のところ上記2曲です。

 

今現在の自分の限界に挑み、新しい目標や課題など見つけることも出来ました。

 

また気持ちを新たに、次の創作の構想を練りたいと思います。

 

【山下Twitter】

https://twitter.com/ymst_music

 

(フォローお気軽に!)

2018.01.28 Sunday

ソロプロジェクト

今年もブログ更新少なめですが、生きております、生存しております。。すらりん

 

さて先日、自分のソロプロジェクト「Ars Antiqua」を立ち上げました!

 

クラシックとシンフォニックメタルの融合を基調に、自分なりの理想の音楽を追求・発表していきたいと思います。

 

曲も1曲、公開しましたので、ぜひお聞き下さい!

 

「時は来たれり」という曲で、作詞も作曲も私です。

 

 

もしよろしければ、応援・拡散などして頂ければ嬉しいです!マリオ

 

【山下Twitter】

https://twitter.com/ymst_music

 

【Ars Antiqua公式Twitter】

https://twitter.com/arsantiqua_ymst

 

【Ars Antiqua公式サイト】

https://arsantiquaofficial.wixsite.com/ars-antiqua​

2018.01.01 Monday

謹賀新年

明けましておめでとうございますDOG

 

昨年は新しい出会いに恵まれた一年でしたし、長年の付き合いの方とも、これまで以上に仲が深まったようにも感じています。

 

いつもありがとうございます。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げますお願い

 

 

さて年末年始は、私は個人プロジェクト始動に向けて、最後の追い込み的な作業に励んでおりますクリボー

 

遠からず何かしら発表できると思います、

 

またご報告させて頂きます!

 

Twitterアカウント

https://twitter.com/ymst_music

2017.12.10 Sunday

TwitterのURL変更など

ブログではご無沙汰してます、

 

TwitterのURLが変更になりましたので、お知らせしておきます。

https://twitter.com/ymst_music

 

さてここ最近は、先月はとあるアイドルさん(シンガーソングライターさん)のライブで、サポートでキーボード弾いたりしてました。

 

とても素敵な歌声の方で、作る曲も素晴らしく、良い勉強させて頂きました。

 

 

その他、合唱指揮や所属バンドのライブ&音源制作に加え、

 

自作曲の発表に向けて、少しづつ準備を進めています。

 

レコーディングはもう終了していて、今は仕上げの段階。

 

まだまだ準備しなければならないことも多いですが、遠からず発表できると思いますので、

 

発表の運びになりましたら、よろしければ聞いて頂ければ幸いです。

 

またこちらでもお知らせさせて頂きます!マリオ

 

2017.09.04 Monday

セッションライブでした

こんばんは。

 

今年は冷夏な印象でしたが、9月になると、さらに一気に秋めいてきましたね。

 

例年この時期は、まだまだ暑い印象ですが。。

 

 

さて先日、9/2はセッションライブでした。

 

イベント自体は多彩で、対バンさんはソロシンガーやアニソンバンド(?)もありましたが、

 

我々はメタル…、イングヴェイのコピバンでした。

 

 

いやぁ凄かった。。。

 

ぶっつけ本番に近いライブでしたが、バンドメンバーの皆さん凄腕で、かけがえのない体験となりました。

 

ギターの方は以前から知り合いでしたが、ドラム・ベース・ヴォーカルさんは、その日はじめてお会いする方達でした、

 

皆さん熱い魂と高い技術をお持ちで、驚異的でした!

 

(もちろんイングヴェイの楽曲も素晴らしく、作曲面・アレンジ面の勉強になったことも言うまでもない)

 

 

大袈裟に言うと、ライブ中、魂レベル・血液レベル・DNAレベルで、自分の全細胞が入れ替わったと錯覚する感じ(?)

 

脳天を突き抜けるような感覚でした。

 

「これだァァァ〜!」みたいな確信や歓喜や感動ですね。

 

 

本番10日前くらいに急遽誘われたので、練習や暗譜に苦戦しましたが、やって良かったです。

 

欲を言えば、もう少し練習期間が欲しかったのと、(キーボードもかなり難しいので)

 

もう何回か、あのメンバーでライブをやって、もっともっと超越的な感覚を味わいたかったですが、

 

でもまあ、「たった一度きり」というのが、名残惜しくもありますが、むしろ逆に心に深く残り、今後の自分の創作に活かせそうな気もしています。

 

とにかく凄かった!

 

 

演奏した中の3曲ほど、本家のライブ動画をアップしておきますので、もしご興味あれば。

 

ギターとヴォーカルが主役的ではありますが、キーボードも非常に美味しいです(笑)

 

ロックオルガンやチャーチオルガンを、これでもかと弾きたおせる曲も多いし、

 

チェンバロでギターとハモったり、高速シンセリード弾きまくったり、ぶっといシンセストリングスで凝った和音進行を満喫したり…。

 

今まで何となく聞いていたけど、実際にやってみると、凝ったアレンジ・構成・展開にも感銘を受け、大いに感涙でした。

 

決して速い・勢いだけではない、むしろブレない不動心や安定感や格調高さも、演奏しながら感じていました。

 

この体験も糧にして、今後も己の楽曲の制作・構築に励みます!

 

 

 

2017.08.31 Thursday

2017.8.31

少し時間が経ってしまいましたが、

 

8/16に更新した記事で、ひとまずエッセイシリーズは終了です。

 

ここ数年に体験したり、感じたりしたことを、今年はずっとエッセイ風に書いておりましたが。

 

ひとまず一区切り、です。クリボー

 

 

 

 

ところでブログやSNSでは、楽しそうなことや当たり障りのないことだけを書く、

 

という使い方も素晴らしいと思います。

 

 

しかし私の場合、ストレスを感じたこと・問題提起したいことなどは、むしろ書くべきだ、発信するべきだと思っているかも。

 

(単に自分の場合はそうしたい、というだけ。そうしない人を否定しているわけではないです)

 

 

もちろん発信する前に、しっかり自問し、

 

それがただの愚痴や不平不満なのか、それとも、建設的な問題提起として他の人ともシェアしたいものなのか、

 

前者の場合は発信しませんが、後者の場合なら、僕は発信したいと思ってます。

 

 

例えば、もしイジメや人種差別などを目撃した場合、、、

 

やはり僕は、「これはおかしい」「これはやめるべき」と発言したいと思う。

 

そういう発言をしない、穏やかで平和的な生き方も、もちろんアリだと思いますが。

 

(※ただし、そういう発言をしたら処刑されるような世の中の場合、そう簡単には発言できないと思います。あと、不用意に発言しすぎて、変な人にからまれて被害を受けないよう、気をつけるべきだとも思ってます)

 

 

 

 

ちなみに、私が「これはおかしい」「これはやめるべき」と感じることには傾向のようなものがあり(笑)、それは、

 

(1)何か一つの見方や感じ方や価値観を、全ての人に共通する真理・正義・常識(良識)だと思い込むこと

 

(2)人や音楽のほんの一面しか見ないで、(時には先入観やイメージで)、その人やその音楽を完璧に分かったつもりになってしまうこと

 

(3)たくさんの人達を、たった一つの共通項で一括りにカテゴライズし、そのカテゴリーの中の人は皆同じだと思い込むこと(※国籍、人種、年齢、職業、収入など)

 

(4)「クラシック=真面目」「ロック=騒々しい」「メール・SNS=心が込もらない」「ゲーム・アニメ=教育に悪影響」「電子楽器=非人間的」「人工・科学=地球や人体に害悪」みたいに、ジャンルやツールで決め込んでしまい、個々の中身・内容を吟味しないこと

 

(5)一つの失敗例や成功例や幸福論などを、誰にでも当てはめて普遍化・一般化してしまうこと

 

(6)誤解・偏見・思い込みに基づいて、他者を見下したり説教したり叩いたりすること(※冤罪とかも含む)

 

 

 

だいたい、そんな感じです。

 

個人的には、上記のような短絡的かつ一面的&理屈っぽい感じは、苦痛でしかない(笑)

 

僕は、「(他者のことは)完璧には分からない」「(何が良いか悪いかは)完璧には断定できない」と、素直に認めていたいと思う。。

 

 

上記(1)〜(6)のようなことは、自分一人で勝手に思い込んでいるなら問題ないのですが、

 

人にまで共感・同意を強要したり、人に押し付けたりするのは、(本人に悪気や故意がなくても)、私はストレスを感じます。

 

 

 

 

どう生きたいか・何を心地良いと感じるかなども、日々、新たに探求していくものだと思っている、

 

なので、道徳的なことや価値観的なことの「完成」や「正解」や「真理」は、いまいち断定しにくいです、(※もちろん個人の意見です)

 

暫定的な「完成」はあり得るけど、永続的かつ普遍的な「完成」「正解」「真理」は、僕は無いのでは?と感じてます。

 

それは自信が無いということではないし、自分の意見を持たない(or持つな)ということでもないですが。

 

 

 

 

こういうエッセイとか書いていると、そこそこ気難しく見られることもありますが、

 

むしろ個人的には、ユルい感じが好きです、

 

この世に完璧な人間などいないし。

 

あまりにも他者の発言や価値感を監視して、まるで鬼の首を取ったように厳しく取り締まりすぎる風潮は苦手です。

 

 

…と言うか、そのように思っているからこそ、

 

考え方・感じ方の正解を断定しすぎたり、他者の内面・性格を断定しすぎたり、人間や音楽のあるべき姿を断定しすぎたりするのが、好きではないのかも。

 

 

何の問題も無いような人を、いちいち難癖つけて非難したり、上から目線で見下したり、

 

「人間や音楽はこうあるべき・こう考えるのが常識」みたいな意見を、他者に強要しすぎる人を見ると、

 

何様のつもり?とさえ思います。

 

(※強要ではなく、推奨や提言くらいなら全く問題無し)

 

 

 

 

もちろん、「絶対に人のことを非難してはダメ・批判してはダメ」ということではなく。

 

例えば迷惑行為・暴力行為・差別思想などは非難して良いと思うし、あまりにも傲慢・独善・怠慢などの言動も、批判しても良いと思う。

 

(※あと、明らかに事実でないことを信じ込んでいる誤解・思い込みなども、非難というか、指摘して良いと思う)

 

 

他者の価値観・見方・感じ方等を、無理してまで認めたり好きになったりする必要もないと思いますし、時には、他者に意見・批判を言っても良いと思いますが、

 

でも、もう少し、人それぞれ自分らしく生きたり感じたりするのを許容してあげても良いのではないか?

 

あまりにも自分だけが正しいと思い込まないほうが良いのではないか?

 

などと感じる時も多いです。

 

 

それは、「人のことを尊重せよ」とか「人のことを思いやれ」とか、そういう感じとも少し違うです、

 

例えば僕は、「食べ物の好みは人それぞれ違う」と思っていますが、それは別に、人のことを尊重しているからでもなく、思いやりで言っているわけでもなく。

 

「人それぞれ違うのが自然だし当たり前」と思うから。

 

価値観や感性や、ものの見方・感じ方・考え方なども、私にとっては同じことです。

 

 

 

 

…しかしながら、我々動物には生来の防衛本能・生存本能があるだろうし、限られた狭量な視野&エゴイスティックなのも自然なことなので、

 

ごく普通の人間であれば、ある程度、無知で利己的で排他的なのは当然だとは思っている、(自分も含めて)

 

 

そういう、人間が生来持っている無知や傲慢や、利己心や排他性や、先入観・思い込みなどを、

 

一切気にしない(or気付かない)のが、人としては度量が大きいとも言えるかもしれませんが、

 

ただし裏を返せば、そういうことに「気付けない(気にしない)」ということは、自分では無意識のまま、誰かや自分自身を傷つけている可能性も高い。。

 

 

 

 

人権や多様性を重んじるあまり、ピリピリして気難しい感じの人間になってしまうのはもちろん嫌だけど、

 

でも何も気づかず、悪びれもなく、無意識的に、差別や強要やレッテル貼りをするような人間になるのも嫌。。

 

 

なので、個人的には…、ほどほどにストイックに人権や多様性を重んじつつ(笑)、

 

同時に、自分を含めて誰しも、無知・偏見・狭量・短絡的・不完全・利己的な部分も持っていることを認め、

 

むしろ、そういうところにも親しみや労りや連帯感を感じる…、

 

(あるいは諦観や受容を感じたり…、時には偏った偏見や誇大妄想に、大いに面白さ・頼もしさ・パワー等も感じたり…)

 

 

そんな感じの心境かもしれません。

 

少なくとも、今のところは。

 

 

(※行き過ぎた義憤や問題提起というものは、独善的になってしまいがちなことも承知しています。なので、そこらへんはバランスというか、常に自分自身をチェックしながら…。意見を言ったり書いたりする時も、「自分は今、ただ単に誰かを責めたいだけではないか?」とか、「自分は今、物事や人物のほんの一例(一面)を見て、それを普遍化・一般化していないだろうか?」とか、「自分は今、自分自身の狭量さも反省しながら意見を言っているのか?」とか、「そもそもこの義憤や問題提起自体、私の偏見ではないのか?」などと、自問しながら…。自分自身に対して、常に疑いや批判精神も持っているつもり)

 

 

 

 

上記のような自問自答を、あえて人目に晒される場で、僕は書き記したいとも思ってます。

 

文章は決して上手くないし無駄も多いしスマートでもないが、そこは、あまり気にしていない(爆)

 

というわけで2017年の1月から、ほぼそういう内容の記事ばかりでした。(あらかた書き終えた)

 

 

 

 

さて、話は変わって、

 

数ヶ月以内に、自分の新しい音楽プロジェクトをお知らせ出来ると思います。

 

たくさんの方の強力な協力を仰ぎつつ、楽曲製作中です。マリオ

 

 

宮沢賢治シリーズ以降は新作をリリースせず、自分なりに色々と探求・勉強・研究していましたが、

 

その成果的なものの第一弾を、お知らせ出来ると思います。

 

何とか今年以内にお届け出来ればと思うのだが…!?

 

 

 

 

【Twitterアカウント】

https://twitter.com/ymst_music

2017.08.16 Wednesday

シュヴァルの理想宮

こんにちは、本日二度目の更新です。すらりん

 

それにしても今年は冷夏というか、8月に入って毎日降雨を記録しているそうですね。飴

 

この時期としては、ちょっと記憶にないほどの長雨ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

日照時間不足で、農作物とかに影響が出ないか心配です。。

 

 

 

 

さて先日、「美の巨人たち」という番組を見て、「シュヴァルの理想宮」という作品を知ったのですが、なかなか感動しました。

 

フランスの郵便配達人フェルディナン・シュヴァル(1836〜1924)、

 

彼が趣味で、独力で建てた巨大な宮殿です。

 

建築やアートの知識もなく、己の理想・空想・霊感に従って建てられた巨大建築。

 

建築に着手したのは43歳の時で、何と完成するまでは、33年間も創作に費やしています。

 

村の住人や上司からも馬鹿者扱いされたそうですが。。

 

 

技術的には稚拙なところもある感じでしたが、とことん自分の理想や空想やインスピレーションに従っているというか、

 

荘厳かつ精緻かつエキゾチックな感じの建築物で、思わず目を奪われます。

 

 

でも建築そのものにも惹かれますが、「33年間も創作に費やした」ということにも、大いに感銘を受けました。

 

私も、必ずしも上手でなくても良いし、長く時間かかっても良いから、

 

石を一つ一つ積み重ねるように、自分にとっての理想音楽を追求していきたいと思わされました。

 

 

あと、パッと技術や慣習やお約束で作りすぎず、何よりも大事なのは、じっくり己の理想・好み・霊感等に耳を傾けることかな?とも思わされました。

 

(※技術が要らないとはもちろん言ってないし、型や慣習やお約束を否定するわけでもないです。シュヴァルさんの作品も、独創的ではありますが、「建築」という形式・型・慣習・様式には則ってるわけで。誰の真似もせず、誰の影響も受けず、全くのゼロから作品を生み出したわけではない)

 

 

 

 

ちなみに、いわゆるナイーブ・アートとかアウトサイダー・アートと呼ばれる、

 

要は、専門的な教育を受けていない、独学的に創作されたアート作品の中では、

 

私は、アンリ・ルソーの絵画はとても好きですね。

 

あの独特の妖しい空気感!

 

(代表作の大半は50代に描かれているというのも、大いに勇気付けられる)

 

 

シュヴァルもルソーも、それぞれWikipediaをリンクさせておいたので、ご興味あれば見てみて下さい。

 

特にルソーのほうは、ページの下のほうに「ギャラリー」があって、けっこう多数の作品を見ることが出来ます。

2017.08.16 Wednesday

2017.8.16

ちょっと前回記事の続きです。(この記事だけお読み頂いても意味は通じます)

 

よく「多様性を重んじることが大事」と言われますし、私も同感ではありますが、

 

とは言え、何でもかんでも尊重したり認めたりすることは無理だと思います。

 

例えば、明らかに他者の迷惑になる行為や、明らかに他者を見下すような発言や、事実に基づいていない誤解などは、異議を唱えても良いと思うし。

 

 

誰かの言動や作品や演奏を、時には批判したり、疑問視したり、問題視したりしても良いのではないかと思います。

 

…最低限、その言い方とかは気をつけるべきだとは思いますが。。

 

当然、私の言動や作品も、誰かにとって気に入らない場合も多々あると思ってます。

 

(あと、自分の理解(共感)の及ばない人や行為や、作品や価値観に対して。無理に理解(共感)しようとしすぎたり、無理に分かったつもりになろうとしすぎなくても良いのではないか?と、私は思う)

 

 

 

 

で、それに関連して、、、

 

例えば、誰かの仕事上のミスや怠慢、誰かの不健康な生活習慣、誰かの無責任な暴言・暴論、スポーツや楽器のミス・技術不足なども、

 

もちろん問題視したり、批判したりしても良いと思う。

 

(「多様性を尊重することが大事」とは言え、何も問題視してはいけない、何も疑問視してはいけない、一切批判してはいけない、一切意見を言ってはいけない、とはならないはずです)

 

 

 

 

…でも、そういう場合であっても、まずは、その言動や作品や仕事ぶり自体を問題視するべきだと思う。

 

(その人の)言動や演奏や仕事ぶりを見て、その人の性格・人間性までをも、あまりにも断定しすぎてしまうのは、

 

私は、あまり良くないと思っている。

 

 

例えば、楽器・演奏が下手だったり、仕事やスポーツでミスしたりすると、「お前は頑張ってない」「お前は集中力が足りない」「お前は(仕事への)愛が足りない」「気持ちが足りない」「優しさが足りない」「心を込めてない」「プロ意識が足りない」、

 

みたいな感じの言い方ね。(´・_・`)

 

 

しかし実際は、スポーツや楽器をやったことある人なら分かるだろうが…、

 

達人なら、あまり集中しなくても、目をつぶってでも、雑談しながらでも、(ふざけながらでも)、簡単なプレーならミスしないが、(呼吸するように無意識でプレー出来る)、

 

でも素人は、どんなに集中しても、どんなに頑張っても、どんなに(その楽器を)愛していても、どんなに真面目に取り組んでも、簡単なことさえ、頻繁にミスするものである。

 

 

加えて、一人一人の人間の反射神経・能力・脳力・身体なども、生まれつき差があるものである。

 

でないと、165キロのボールが投げられる大谷投手は、とても集中して頑張って野球を愛しているが、140〜150キロしか投げられない投手や、試合に負けてしまった選手は、「集中してない」「頑張っていない」「気合・根性が足りない」「気持ちが足りない」「努力が足りない」「プロ意識が足りない」という風潮にもなってしまう。

 

 

 

 

ところで、少し話は逸れるかもしれないが、

 

「病は気から」「引き寄せの法則」「自業自得」「自己責任」「因果応報」「笑う門には福来る」みたいな言葉は、ある程度は真理だと思うが…、

 

しかし、人生に降りかかる出来事の原因を、100パーセントその人の内面・性格・努力・行動に求めすぎてしまうのは、私は間違っていると思う。

 

 

では、若くして病気になった人や、何かに失敗したような人は、皆、性格がネガティブで、ストレスが多く、笑顔が少なく、努力が足りなくて、生活習慣が悪かったのだろうか?

 

逆に、何かに成功した人や健康で長生きな人は、皆、性格がポジティブで、笑顔が多く、規則正しい生活で、前向きな思考回路だったのだろうか?

 

 

僕は、そんなことはないと思うですね。

 

実際私は、前向きで性格が良い感じの人でも、早死にしたり、試験や事業に失敗したり、時には災害・事故・冤罪・犯罪などに巻き込まれた人なども知っているし、

 

逆に、人の悪口ばかり言っていたり、怒りっぽかったり、集中力が欠如していたり、差別主義者だったりする人が、成功して長寿な人とかも、何人も知っている。

 

難関オーディションでグランプリとった人が、「まったく自信なかった。まさか自分が受かるとは思わなかった」と、謙遜でもなく、本当にそう思っているケースも何人も知っているし、

 

ネガティブでナイーブで自信が無いような人が、音楽家として大成功しているようなケースも何人も知っている。

 

(あるいは、心から親しみを込めて笑っているのに、「作り笑いするな」などと誤解されてしまうようなことも、誰にでも経験あるのではないか?…残念ながら、ポジティブに素直に生きていても、「笑う角」が叩かれたり誤解されてしまうことも起こりうるのだ。逆に、打算や演技だけの笑顔が賞賛されることもあるし)

 

 

 

 

そんなわけで、起こった出来事の原因や、成功・失敗や、体調不良の原因を、100パーセントその人の内面や生き方のせいにしてしまうような言い方は、少し残酷だと思う。

 

何が原因かなんて、様々な要因が絡み合っているだろうし、我々人間には、想像するくらいしか出来ない。

 

 

特に、病気になった人や、何かに失敗した人や、災害・犯罪などに巻き込まれてしまった人に対して、

 

それを本人の(性格や生き方の)責任・原因だと決めつけすぎるのは、失礼かつ残酷なことだと思う。

 

…大きな(事業の)失敗や大病のみならず、ちょっとした体調不良や失敗・ミス、風邪、体型(肥満)、肌質、身体能力、脳力、パニック障害・性同一性障害なども、よく、本人の生活習慣のせいだとか、食生活のせいだとか、ストレスのせいだとか、考え方が悪いからとか、性格が悪いからとか、ポジティブさが足りないからとか、気合・集中力が足りないからとか、覚悟が足りないからとか、気楽さが足りないからとか、頑張りすぎているからだとか、云々、、、

 

分かったふうに、理由や原因を断定されてしまっている場面を見かけます。(私自身、そのように断定されたことは多々あります)

 

 

確かに、本人の責任であるケースも多いでしょうが、

 

でも、持って生まれた資質や体質や育った境遇など、本人の努力ではどうにもならないことも、多々あるのではないか?と思います。(私の考え方は甘いかもしれないが)

 

原因や要因を推測するくらいなら素晴らしいけど、あまりにも断定しすぎてしまうのは、良くないと思うのだが?

 

 

 

 

人生は、何事も、本人の意志・心・精神・努力・生活習慣が大事なことは言うまでもないが、

 

でも、物事(出来事)の結果や成果というものは、必ずしも本人の心・精神・性格・努力とは、100パーセント一致するわけでもない。

 

本人の努力・選択では、どうにもならないことも少なくないはず、と思う。

 

 

 

 

(※どんな暴力もどんな性癖も、「持って生まれた資質だから許そう。本人の責任ではないから許そう」という主張ではないです)

 

 

 

 

音楽の世界でも、作曲や演奏が下手だったりすると、

 

「あいつはプロ意識が足りない」「あいつは一生懸命さが足りない」「音楽への愛が足りない」「心を込めていない」「精神性が低い」「心や魂がレベル低い」、

 

などと判断されてしまうことも多いが、

 

僕は、必ずしもそうとは言い切れないと思っている。

 

せいぜい、「一生懸命さが足りないように見える」とか、「愛や集中力が足りないように見える」とか、そういう言い方しか出来ないはずです。

 

(想像は出来るけど、断定は出来ないと思うのです)

 

 

 

 

誤解が無いように言っておきますと、

 

誰かの作品や演奏を聞いて「ヘタクソ」と言ったり「嫌い」と言ったりすることは、あまり問題ないと思っています、

 

感想は、個人個人、自由であるべきですし。

 

(無理してまで褒めることなんてないと思います)

 

 

ただし、誰かの演奏や作品を見て、「ヘタクソ」とか「嫌い」などと言うだけに留まらず、

 

「こいつはプロ意識が足りない」とか、「こいつは音楽(仕事)への愛が無い」とか、「こいつは人間的な心が無い」とか言って、その人の内面まで断定しすぎてしまうのは、必ずしも正しくはないと思う。

 

そういうのは、あくまでも「想像」でしかない、

 

自分の個人的な「想像」を、あまりにも真実と思い込みすぎてしまうのは、ちょっと失礼ではないか?と、私は思っています。

 

 

 

 

…私自身、音楽をやっても、音楽以外の仕事・バイトをやっても、要領は悪いほうなので、

 

心から一生懸命やっているのだが、ミスしてしまうこともあったりして、

 

で、「ヘタクソ」とか言われたり、ミスを指摘されたり、叱られたり、怒鳴られたり、時には殴られたりしたこともあったが、

 

それは、全然構わないのだが、(むしろ、ありがたいとも思ってます)、

 

でも、「お前は一生懸命さが足りない」とか、「お前は音楽への(仕事への)愛が無い」とか、「お前は集中してないからミスをする」とか、

 

私の心の中を想像で断定されてしまうのは、間違っていると思うのです。

 

 

 

 

低レベルの演奏や、仕事上のミス・不手際を、

 

指摘したり、叱責したり、呆れたり、怒ったり、嫌ったりするのは全然オーケーだと思う。

 

(※ミスが多い者や能力が低い者は、仕事をクビになったり、依頼が減ったりして、自然淘汰されるのも当然だと思う)

 

でも、そういうヘタクソな技術・ミスなどによって、あまりにも、その人の性格や精神性までをも断定しすぎてしまうのは、僕は間違っていると思う。。

 

 

 

 

もちろん、仕事・スポーツ・楽器演奏などで、あまりにもミス連発する者は、「本人の責任」「やる気・集中力の欠如」と判断されてしまっても仕方ないかもしれないが…、

 

でも、そういう場合であっても、例えば「集中しすぎてミスする」というようなケースも、あるかもしれないし。

 

そういう人に向かって、「お前は集中力が足りないからミスするのだ!」とか言って叱責するのは、私は良くないと思っています。

 

 

 

 

ミスや失敗というものは、心がまえや内面・精神・性格以外にも、様々な要因・原因が考えられる。

 

先天的な原因もあるかもしれないし、後天的な原因もあるかもしれない。

 

(単に、向き不向き、得手不得手もある)

 

もちろん、本当に、気合いや集中力の欠如が原因の場合もあると思いますが。。。

 

 

 

 

誰かのミス・失敗を目撃した時は、その人の内面や性格や生き様を決めつけてしまうよりも、

 

具体的かつ科学的なアドバイスをしたり、上達のコツを教えたりするほうが私は好きだ。

 

ネチネチ性格診断したり、「お前は愛が無いから失敗する」、「お前は集中力が足りないから失敗する」、「お前は学生気分だから(仕事で)ミスが多い」、「気持ち・気合い・努力が足りない」、「ポジティブさが足りない」とか言って、その人の内面を断定してしまうより、

 

具体的な問題点や改善点を指摘・アドバイスするほうが、よほど建設的だと思う。

 

 

もし集中力の欠如など、本当に精神的・性格的なことが、失敗の原因になっているなら、それをネチネチ責めるのではなく、

 

では、どのように集中すれば良いのか、どのポイントに集中すれば良いのかを、具体的に提案なり助言なりすれば良いと思います。

 

(ただただ無闇に「もっと集中せよ!」ではなくて。集中するにも、優先的にどのあたりに集中したら良いかというポイントは、あるはずなのである)

 

 

 

 

…いずれにせよ、その人の内面・考え方・生き方だけが、100パーセント、その出来事を引き起こす原因になっていないのではないか?と思います。

 

本人の意思や努力では100%コントロール出来ない、DNAや潜在意識、生まれ育った環境や境遇や習慣、持って生まれた脳や反射神経、持って生まれた体質や遺伝子、

 

そういう要因も、人それぞれの能力・知力・体力・性格の違いの原因になっているだろうし、

 

その人の人生で起こる出来事の原因にもなっていると思う。

 

 

 

 

人生、何事も、本人の努力や選択、意思や集中力が大事であることは言うまでもないが、

 

100パーセント全てを本人のせいにしてしまうのは、私は良くないと思う。

 

(誰かの言動・演奏・作品・仕事ぶり等を見て、その人の性格や心理をあまりにも断定しすぎてしまうのも、良くないと思っています)

 

 

 

 

ただ、分かってはいる、

 

一般的な価値観としては、

 

■「人生は自分の努力・選択の結果なのだから、あまり先天的な資質(性質)のせいにしたりするのは、みっともない」

 

■「現状に満足いかないなら努力するべき」

 

■「演奏や作品や仕事ぶりで、人格や性格を判断されるのは当然のこと」

 

というような考え方が、一般的だとは思う。

 

その通りだとも思う。

 

 

私も、基本的には「人生は自己責任」だと思うし、自分の望むことを自分で実現できるよう、努力すべきだと思っています。

 

「人生で起こる全てのことには意味(意義)がある」というような考え方も、私はとても好きだし、

 

自分の夢・希望・願望を実現化させることが出来る、自分のパワー(可能性)のようなものも信じていたいと思う。

 

(※ちなみに個人的には、もはや人の批判とかは、あまり気にしないかも。何をやるにせよ、あまり人の批判を恐れたり、人の反応を気にしすぎたり、人に気に入ってもらうために何か(創作活動とか)するのではなく。まずは、自分自身の内部から沸き起こる衝動・願望・夢を大事にしたいと思ってます。その結果として、人様に気に入って頂けたら、もちろん嬉しいですが…)

 

 

 

 

私も基本的にはそういう考え方なのですが、しかし同時に、本記事で書いたような見方・感じ方も忘れたくはない、という感じです。

 

何が起きても、全て「本人のせい」「本人が引き寄せた」「本人が選んだ結果」「本人に原因がある」「自業自得」と断定しすぎてしまうのは、私は少々受け入れがたいし、100パーセント真理・真実とも思えないです。

 

(あと、演奏・作品・仕事・健康状態・スポーツ等がイマイチな人は、必ず100パーセント「内面や性格や心構えがダメな奴」と断定しすぎてしまうのも、とうてい真実とは思えないです)

 

 

 

 

なので、もし何か望ましくない出来事に見舞われてしまったとしても、

 

あまり「自分のせい」「自業自得」「バチが当たった」などと、考えすぎないほうが良いと思います。

 

物事や状況が上手くいかない時は、しっかり自分を反省したり改善したりすることも大事だと思いますが…、

 

同時に、必要以上に「自分のせい」にして、あまりにも自分を責めすぎてしまうこともない、と思う。

 

私自身、自分を必要以上に責めてしまいがちなので、そのように思うのでアルが…。

 

 

 

 

そもそも、ポジティブな考え方を出来ること自体、とてもラッキーというか、恵まれていることだとも思う、

 

たまたまラッキーにも、脳や心身が健康に生まれつき、今、たまたま平和で豊かな国(状況)に生きているからこそ、前向きに考えることが可能な気もする。。

 

中には、生まれつき逆境(不遇)でも前向きに生きていらっしゃる方々もいて、それは本当に尊敬に値しますが、

 

私も含めて大抵の人は、もし生まれつき逆境(不遇)だったりしたら、そう簡単には、前向きに生きることさえ容易ではない気がします。

 

 

 

 

とかく成功した人は、気難しいストイックな性格でも、軽くて楽観的な性格でも、(どんな性格・パーソナリティーであっても)、

 

「その性格ゆえに成功した」と判断されがちだし、

 

「この人は魂や人格や人間性が素晴らしい」とか言われたりもする。

 

 

でも成功してない人は、ストイックだと「頑張りすぎ」とか「もっと自然体になれ」とか言われたり、楽観的だと「危機感が足りない」「一生懸命さが足りない」なんて言われたりもする。(時には、人格・人間性・精神性を低く見られることもある)

 

 

要するに、割と多くの人が、あまりにも結果重視で、

 

個人個人の人間性やパーソナリティーそのものを認めようという気は、実は、あまり持っていないようにも思われる。

 

 

個人的には、(人生や出来事の)結果・状況・能力・作品・演奏力・健康状態・成功不成功などを切り離して、

 

もっと、その人そのものを認めるというか、

 

…いや、認めなくてもいいから、せめて否定したり断定したり見下したりしない世の中になれば良いな、と思う時も多いです。

 

 

 

 

いずれにせよ、人生に起こる出来事…、

 

成功や失敗や健康や病気は、

 

こういう生き方が原因だとか、

 

こういう性格や考え方が原因だとか、

 

こういう気分で生きれば必ず人生は成功するとか、(or失敗するとか)

 

あまり軽々しく断定できないと思うのだが?

 

出来事を引き起こす原因・要因を、あまりにも断定しすぎてしまうのは、自分の心の中だけでやってるなら自由だけど、他者に言い過ぎてしまうと、ちょっと失礼で意地悪かな?と思います。

 

 

 

 

もちろん、他人のことに「いっさい口を出すな」ということではなく。

 

(他者のことを)応援したり、心配したり、自分なりの意見・提案・批判・苦言・アドバイス等を伝えることは、素晴らしいことだと思うけど、

 

でも、その人の性格や、その人の能力や、その人の心理や、

 

その人が成功するための方法・秘訣や、

 

その人の目指すべき道や、

 

その人が今までどれだけ頑張ってきたかとか…、

 

そういうことを、あまりにも分かったつもりになってしまうような言い方は、少々傲慢だと思う。

 

人生の決定権・選択権は、その人本人にあるべきだと思いますし。

 

 

 

 

人生や健康や成功・不成功の方程式など、神様でもない我々には、誰にも完璧には分かることは出来ないのではないか?と思っています。

 

考察や推察くらいは出来るが、断定までは出来ない。

 

…しかも、全ての人に共通する成功哲学・人生ルール・望ましい考え方なども、無いように思われますし。

 

 

 

 

他者の性格や、他者の想いや、他者の(今までの)頑張りなどは、エスパーでもない我々には、100パーセント完璧に分かるわけはない。

 

誰かの演奏や作品や仕事ぶりを見て、気に入らなければ、厳しく批判しても良いと思うけど、

 

その人の内面や、性格や、これまでの努力や、集中力や、愛の深さや、プロ意識の有無などは、そう簡単には断定することは出来ない…。

 

 

 

 

…そうは言っても、もちろん我々は、誰かの演奏・作品・振る舞い・仕事ぶり等を見て、

 

その人の内面を想像してしまうし、その人の人格を判断してしまうのも当然だけど、、、

 

でも、自分の単なる想像を、あまりにも100%「真実」と思い込みすぎてはいけない、と思う。

 

我々は誰しも、物事や人物の、せいぜい「氷山の一角」くらいを見る視野(能力)しか持っていないので。

 

 

 

 

表面的な演奏・作品・成功不成功・仕事ぶり等は、お互い遠慮なく批判や意見を交換しつつ…、

 

で、その奥底の内面・性格・人間性・パーソナリティー等に関しても、もちろん批判や意見を言い合って良いと思うけど、

 

ただ、その部分に関しては、そう簡単には断定することは出来ないし、そう簡単には何が良いとか悪いとかも言い切れないので、

 

もし意見交換する場合、真摯に「考察」「推察」「提案」するくらいしか出来ない気がします。

 

 

(※演奏・作品・仕事ぶり等の…、それら一つ一つの「意図」なら、割と断定することは可能だと思いますし、比較的、見つめ直したり改善したりしやすい部分だとは思います)